[ま]イラッとしてる? @kun_maa
先日、雑談の中で部下の1人から「マーさんって職場の人たちにイラッとすることありませんか?」って聞かれた。
そりゃまあほぼ四六時中同じ部屋で仕事してればイラッとしたりムカッとしたりすることはあるはずなんだけどその場ではそういう場面が具体的に思い浮かばなくて「特にないかもなあ」って答えたら驚かれた。
別に良い人を装うとか鷹揚さをアピールしようとかしたわけでは決してないんだよ...「決して」とかいうといかにもっぽいけど。
僕に尋ねた部下はけっこう職場でイラッとすることがあるそうだ。
その場では詳細な話を聞く時間はないし誰に聞かれるかわからないということもあって続きは今度じっくり聞いてやるよということで先延ばしにした。
そのあとで僕はもしかしたらイラッとしていないのではなくて、イラッとした感情を自分の中で否定して無かったことにしているんじゃないかなって気づいたんだ。
その時々に感じた怒りの感情を素直に認めずに「こんなことで怒ったところでどうにもならんだろ」ってな中途半端な諦念を自分自身に振りかざしている。
無理に感情を抑え込んで無かったことにしている時点でそれは諦念でもなんでもないのだエセ諦念。
マインドフルネス的にいうと湧き起こる感情をあるがままに認めることが肝要。
「ああ僕は今、怒っているのだなあ」ってね。
イラッとする怒りの感情を負のものだと否定して無理にかき消そうとするから心が知らず識らずのうちに疲弊してしまうのだ。
それはまるで飲みすぎたアルコールを肝臓が全力で分解し無かったことにすることで翌日全身に感じる泥のような疲労感みたいに←例えがわかりにくい
職場の人間にけっこうイラッとするという部下は、確かにそのイラッとをチラチラと表出させることがあるのだけど毎日僕よりも元気そうに見える。
僕はといえば「イラッとすることなんてないよ」と呟きながらその実ストレスで網膜をやられたり肩こりがひどくて肩も首も外してしまいたいってくらいに辟易としたり日々の怠さに倦んでしまったり。
そう振り返ると「イラッと」を爆発させて破壊衝動に走ってしまっては人生詰んでしまうけどせめてその感情の存在くらいはあるがままに認めてやらないと心や体を無駄に疲れさせてしまうのかもしれないなあって改めて思った次第。
なんたって人間は感情の生き物だから。
そんなことは瞑想に凝っていた頃はわかっていたはずなのにね。
頭で理解して変わろうとしたことも、長年の心の持ちようや思考の癖には敵わなくて意識していないといつの間にか元の木阿弥。
ちゃんとイラッとしてる?
そしてその感情のありかをしっかり受け止めてる?
僕は今日も自分に問いかける。
[図解] アンガーマネジメント超入門 怒りが消える心のトレーニング
- 作者: 安藤俊介
- 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
- 発売日: 2018/09/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログを見る