[ま]捨てる旅 @kun_maa
旅に出てその先々で異文化に触れるたびに自分の中の様々なものを捨てざるをえなくなる。
捨て去られるものはその時々で違うけれど、例えばプライドだったり常識や善悪の基準、価値観や自尊心や信念或いは感情の振れだったり。
旅に出ると人は多くの出来事や人に出会いそこからたくさんのインプットを得ているように感じるのかもしれない。
でも僕の旅はしばしば多くのものを捨てることになり喪失感や無力感に包まれる。
道端に転がされた手足の無い人、追いすがる物乞いの人々、日々弱りゆっくりと路上で死んでいく老人、目の前で焼かれる死体、街中にあふれる野生動物、じりじりと照りつける炎天下で蝿がたかり売られている生肉、酢飯の匂いなのか饐えた匂いなのか判別しかねる露天の寿司、旅行者をカモにしようと待ち構える詐欺師や泥棒、外国人狙いのぼったくり店、胡散臭いポン引きたち、車道をフルスロットルで逆走するトゥクトゥク、悪臭のする汚水の中で泳ぎに興じる子供たち、大人に混ざって懸命に働く幼い子供、顔や手の一部が欠損したらい病者、容赦ない自然現象や災害の爪痕、地雷の埋まった森林、すり寄ってくる売人と簡単に手に入る麻薬、公衆便所に転がる使用済みの注射器、風にそよぐ大麻、鈍色に光る銃と弾丸、置屋の少女、街角で客引きをする白塗りお化けのような売春婦、悪意なく人を殺めそうな雰囲気のストリートチルドレンたち、公園で倒れているジャンキー etc.
僕が日本でせっせと貯めこみ身につけたはずの常識や価値観はこれらの現実の前ではあまりに無力だった。
打ち砕かれて廃品のようになったプライドとともに捨て去られるのだ。
僕は自信をなくし感情を喪失しそれらを表現するための言葉すら失う。
刺激的な旅であればあるほど多くのものを捨て去り失うことになる。
そうやっていろんなものを捨て去らなければきっと自分が保てなかったのだろう。
内面が空っぽになるほどの旅の喪失感が懐かしいといえば記憶を美化しすぎているのかもしれない。
それは必ずしもカタルシスを伴うものばかりではなかったから。
それでも僕は時々思うんだ「ああ重たいな...」って。
たくさんのものを否が応でも捨てて身軽になるような旅をやめてからもうどれくらい経つのだろう。
僕は蔓延する日常生活にすっかり埋没しながら繰り返される日々をただ漫然と生きている。
旅の空の下で惨めに打ち震えていたちっぽけで空虚な自分を忘れてしまったかのような傲慢さを身につけて。
あの頃の旅への憧れを未だに燻らせたままで。