［ま］抜歯 @kun_maa
歯を抜いた。
正確に言うと歯を抜かれた。
こう暑い中で抜いたとか抜かれたとか書くと変な方向に妄想が膨らみがちだけど決して気持ちいいやつじゃない。
ああ人によっては痛いのが快感って人もいるかもしれないけれどもって…全然話進まない。
そうそう歯を抜いたんだよ。抜かれたっていうのか(ry
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過去に親知らずを3本抜いたことのある抜歯サバイバーな僕ならば歯の1本や2本抜くくらい余裕のはず。
でも僕はその場で激しく動揺していた。
だってその日にいきなり歯を抜かれるなんて思ってなかったしなんの前触れもなく「抜歯後の注意」なんて紙切れを渡されて説明されるなんてまさかまさか。
いつもその可愛さに癒される担当の歯科衛生士の説明する声が耳を素通りして頭に何も引っかからない。
てっきり取れてしまった被せ物を直すだけの単純作業だと思っていたので動揺のあまり何が起こっているのかさっぱりわからない。
何が抜歯サバイバーだ呆れたチキンだ。
動じない心とは全くの無縁。
きっと血の気の引いた顔をしていたのだろう。
大丈夫ですかマーさん？と件の歯科衛生士が僕に声をかける。
まったくもって大丈夫ではない。
とっさに大丈夫ですと震える声で応えたものの心臓がばくばくして目の前の景色がゆらゆらと揺れているような気がした。
それじゃ表面麻酔をしていきますねー♪ と明るく言われて椅子が倒れていく。
定期検診のブラッシングのときに目隠しのタオル越しに感じる彼女の胸圧（端的に言うとおっぱい）の安心感に包まれることもなくただただ不安に打ち震える僕の感情と次第に感覚を失っていく惨めな歯茎。
やがてぼや〜んと痺れた歯茎にぷすぷすと突き刺さる本格麻酔の注射針が繰り返すかすかな疼痛。
滲み出す麻酔液の苦味と舌まで痺れる感覚。
下顎が3倍くらいに膨れ上がったような錯覚。
ピンセットの親玉みたいな金属の器具が口の奥に入り込み痺れて感覚を失った歯茎にすら感じるぐいぐいと何かを押したり引いたりする動きや振動にさらにノミの心臓は縮み上がる。
かちゃかちゃと聞こえる金属音。
全部取れたかな？根っこ見える？見えないか...大丈夫？なんて僕をさらに不安にさせるには十分すぎる会話が頭上で交わされる。
すっと僕の口に詰め込まれる脱脂綿。
それを噛まされて椅子が起き上がる。
これが抜いた歯ですー♪ ってカナリヤのような声で彼女が僕に血まみれの小さな白い塊を見せる。
思ったよりも大きいなって思った。
あーこれで今日はビール飲みにいけないなとも。
こうして僕は僕の奥歯とさよならをした。
僕はあと何回こんなさよならを繰り返すのだろうとなんか違う話に妄想が膨らみそうになった。
やるせない思いのまま舌先で元奥歯の納まっていた場所を探ってみる。
違和感のある舌先に歯茎の感覚。
奥歯があったはずの小さな空間から広がるなんともいえない喪失感のようなものにちょっとだけドキっとした。
