足元は昨夜積もった雪がとけてべちゃべちゃで。
油断すると跳ね上げた汚らしい色の雪の残骸が靴の中に飛び込んできたりスーツの裾を汚したりするもんだから。
なんだかすっかり嫌になっちまって遅い昼食は食べなくてもいいかなって投げやり気分で通り過ぎる気だるいムードの繁華街。
反対側から歩いてきたケバい化粧の女性がつるっと滑ってこけそうになった勢いで薄汚れた雪塊を僕のコートに派手に飛ばしてきたからさ。
変な色のシミがついたコートを見てたら無性におかしくなってきたから大勝軒まるいちのつけ麺が食べたくなったんだ。
それってやっぱり変かな。
昼時を過ぎた店内は中途半端に人がいるから「お好きな席にどうぞ」と言われてもちょっと窮する。
暖かそうな奥の方に座るには人の隙間が窮屈そうだからドアが開くたびに冷たい風が吹き込んでくる入口近くのカウンター席にコートを着たまま座ってみた。
店の外にある券売機で買った食券を店員に渡す。
買った食券は特製つけ麺と大盛り券。
この店の大盛りは茹で上がりの麺の量が900gあるからきっと僕の虚ろな躯の隙間を満たしてくれるはず。
ツメタイノニシマスカアタタカイノニシマスカ
「え?」コートのシミが気になって点々とした変色部分をぼーっと見ていた僕は一瞬なんのことかわからずに店員に聞き返した。
麺の温度のことだった。他に何を聞かれるというのか。
こんな寒いのに冷たい麺なんか喰うかよ...なぜかキレそうになる。やはり僕は自覚していないだけで空腹なのかもしれないなって思った。
「温かいので...」とおとなしく答えると「トクセイツケアツダイで!」と厨房に向かって声を張り上げた店員の潔い元気さが羨ましい。
特製つけ麺大盛りのあつもりがきた。
動物系と節系の出汁が効いたとてもいい匂いのつけ汁の上には海苔にのった魚粉。
見るとなぜかテンションが上がるナルトの姿も確認できる。腹が鳴った。
900gという大量のもちもちつるつる太麺を擁しながら、それを覆い隠すように表面をうっすらと炙った大振りのチャーシュー3枚とふたつに切られた煮玉子が鎮座する丼。
その圧倒的存在感に足元の冷たさやコートのシミなんてどうでもよくなってくる。
早く喰らいたい...食欲が他の懊悩を凌駕する。そう、だから僕はまるいちの特製つけ麺を欲したのだ。
チャーシューのボリューム感と柔らかさに肉の旨み甘み滋味。
煮玉子の黄身はとろっとろで味がよく染み込んでいる。
たまらず白米が欲しくなる。夢中で喰らいつき絶妙な黄身の味わいを堪能する。
よく出汁が効いている濃厚で甘みのあるつけ汁はもちっとしてコシがあるつるつる太麺によく絡みついて放さない。
そりゃ美味いだろ美味いよたまらんよってな勢いでするすると僕の中に吸い込まれていく。そうこの感じだ。
この麺の艶感ったらもう。
麺が温かいあつもりなのでつけ汁も冷めない。水で締めてないのでやや麺がくっつきやすいという難点はあるもののこんな日は温かい麺に勝るものなし。
麺・麺・麺・肉・麺・玉子・麺・麺っていうリズムでわしわしと喰らうボリュームあるつけ麺がもたらす多幸感に包まれていく。
ふと我に帰れば完食。
これを無我の境地といえば言い過ぎ。むしろ我欲しかない状態。
満腹で見上げれば大勝軒まるいちの文字が笑ってた。
さてもう一仕事やるかなって心の隅でつぶやきながらやっぱり寒い雪道にはまるいちのあつもりがよく似合うなって思った平日の午後。
ごちそうさま!