そのふたりの幼い兄妹に目をつけたのはいつも団地の中の公園でふたりきりで遊んでいたから。なぜか親と一緒にいるところを見かけることはほとんどなかった。
他の子どもたちと一緒になることもなくふたりきりで遊んでいるという点も都合がよかった。
そしておそらく自分よりも少しだけ年下であろうことも。
同じ団地に住んでいることは知っていたがその兄妹の名前も住んでいる部屋も知らなかったし話しかけたこともなかった。
接点がないから向こうもこちらを知らないはずだ。
子どもを誘い出す方法は大人たちが教えてくれた。
知らない人がお菓子をくれると言っても付いていっちゃダメだよ...と親や幼稚園の先生からよく言われたものだ。
そんな注意をするってことはお菓子につられて付いていってしまう子どもが多いってことだ。ましてや相手が自分とそれほど違わない年齢に見えれば警戒心も薄れるはず。
そんなことを淡々と考えていた。
そしてある日決行の時がきた。
親の財布からくすねた小銭で餌となるお菓子を買ってからその兄妹の周辺を少し離れたところから観察し、いつものように親らしき大人が近くにいないことを確認した。
どんよりと曇った空の午後早い時間。小学生たちが帰ってくるのはまだ先で公園で遊んでいる子どもたちの姿もまばらだった。
そんなことを冷静に観察していたなんて心がどこか壊れていたんだと思う。
「ねえ、このお菓子一緒に食べない?」そんな風に話しかけたような記憶がある。
そのままふたりを団地の外へと連れ出そうとした。
ふたりが自分の計算通りに何の警戒心もなく付いてきたことに満足と嫌悪を感じていた。いやもしかしたらその記憶は後付けなのかもしれない。
本当は何を感じていたのだろうか。
団地を抜け出す時には通路を使うと目立つと思い、子どもたちが遊びで使っていた塀の抜け穴から隣の学校の校庭の端に出た。
そこからも人に見られないように注意しながら、そしてたとえ誰かに見られたとしても仲が良く見えるよう振る舞いながら団地から離れた場所へとふたりを連れて歩いて行った。
目的地は決めていなかった。怪我をさせるつもりもなかった。
できるだけ遠くへふたりを連れ出して知らない場所に置き去りにしようと思っていた。
置き去りにした後、ふたりだけで帰ってくることができるのかどうか知りたかったのだ。そしてきっと帰ってこれなくて迷子になるはずだと思っていた。
兄妹がもう歩きたくないと愚図りだしたのでそれほど遠くへは行けなかったと思う。
でたらめに歩いたのだがその辺の記憶は曖昧だ。
雑草に半ば覆われた空き地にふたりを置き去りにし、周りに誰もいないことを確かめてから走って逃げた。
後ろは振り返らなかった。
どこをどう走って家に帰ったのか全く記憶がない。
そのうちあの兄妹のことで騒ぎになるんじゃないかと期待と不安でドキドキしていたのを思い出す。
だが結局なにも起こらなかった。
兄妹が行方不明になったという話も聞かなかった。
もしかしたらこれは誘拐犯をおびき出すための警察の罠なんじゃないかといっぱしの犯罪者のようなことを考えたりもした。
翌日、恐る恐る団地の公園を覗いてみたらいつもと変わらずふたりきりで遊んでいるあの兄妹がいた。
全部妄想だったのだろうか。
それともふたりきりで無事に戻って来たということなのか。そんなことは誰にも聞けるはずもなくこうして時々断片的な記憶をたどるだけだ。
全ては5歳の頃の記憶の欠片。
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