部屋の中にいても風が強まってきたのがわかった。
横殴りの雨が窓ガラスに叩きつけられて断続的に降っている。
不規則なリズムで奏でられるバラバラバラという音が記憶を呼び覚ます。
あの日僕たちは何も無くなった部屋で肩を寄せあい頭をくっつけながら激しい雨音を聴いていた。
今日みたいに台風が関東に接近している夜だった。
彼女がショートホープに火をつけて吸うと外の雨音とは対照的な煙草の葉が燃えるかすかな音が耳元で聞こえる。
数年間の同棲生活が終わろうとしていた。
僕も彼女もいつかはこんな日が来るのをわかっていたのにどちらも現実に気がつかないふりをして見ないように見ないように抵抗してきたはずだった。
家を飛び出してふたりで始めた生活だったけど結局僕は過去を捨てきれず彼女は未来を諦めることができなかった。
せめて僕にもっとお金があればこんな結末をむかえずに済んだのかもしれない。
ねえやっぱりやめない?って彼女がつぶやく。
わたしの全部をあげてもいいから出て行かないでってかすれた声で。
そんなこと言うなよって返そうとした僕の声は変な感じに震えて嗚咽になってしまう。
もう何回もふたりで抱き合って泣いたのにまだ泣けるのが涙がぽろぽろとあふれてくるのが不思議な気がした。
涙はこぼれ落ちるのに目の表面が乾いて瞼がうまく動かずひりつくような感覚が嫌だった。
何度も話し合って出した結論なのに部屋の家具を処分して今までの生活の痕跡が次々と消えていき、いよいよ離れ離れになる日が近づくと想像していた以上に寂しくなって離れることができなくなっていった。
喧嘩もいっぱいしたし誤解や考え方の違いでぶつかり合って泣いたり泣かせたりしたこともたくさんあったのになぜか楽しい思い出ばかりが浮かんでくるのがつらい。
僕にもっとお金があったなら、過去に対する責任をすべて切り捨てられたならって考えてもどうしようもないことばかりを繰り返し考えて悔しさと不甲斐なさに眩暈がしそうだった。
外では横殴りの雨が窓に叩きつける音がしていた。
あの惨めで情けない夜のことを思い出させるから僕は台風の夜が嫌いになった。
自分が自分勝手でちっぽけでくだらない存在だということを思い知らされるようバラバラバラと鳴り響く雨音が大嫌いになった。
今夜はまたなかなか寝付けそうにない。