[ま]ぷるんにー!(พรุ่งนี้)

ぷるんにー(พรุ่งนี้)とはタイ語で「明日」。好きなタイやタイ料理、本や映画、ラーメン・つけ麺、お菓子のレビュー、スターバックスやタリーズなどのカフェネタからモレスキンやほぼ日手帳、アプリ紹介など書いています。明日はきっといいことある。

[ま]あの夏の遺書 @kun_maa

岩の斜面に座り込みあきらかに正気を失いつつある友人の姿を見て、僕はウエストポーチから取り出した記録用の手帳に震える手で遺書を書きはじめた。

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あれはもう30年以上も前の夏の北アルプスでのことだった。

冬に挑戦するための下準備のつもりで、槍ヶ岳の北鎌尾根に友人と2人で挑んだ。 

風雪の北鎌尾根・雷鳴

風雪の北鎌尾根・雷鳴

 

幸い天候に恵まれ、2人の体調も万全だったので、順調にいけばベースキャンプから1泊2日で十分戻ってこられるはずだった。

しかし、そういう時ほど慎重にならなければいけなかったのだ。

ベースキャンプの都合で通常とは逆に向かう形で、尾根の入口となる沢に入り込まなければならなかったのだが、順調な山行に気を良くした僕らは完全に慢心して登る沢を間違えた。 

 

途中でなんだか変だなとは思いつつも、それまでの順調な山行(北鎌尾根は2週間の合宿の一部だったのだ)で、自分たちの実力以上に思い上がっていた僕らは、少しくらい間違えても登れぬ岩壁などないと言わんばかりの勢いで、引き返すという基本的な行動すらとれなくなっていた。

そして、まっすぐ登ることも引き返すこともできない状態になって初めて冷静になった時には完全にルートを見失い、自分たちがどこにいるのかさえわからなくなっていた。

 

一通りのロッククライミングの道具は用意してきていたので、岩壁をよじ登ったり、行き止まりを迂回したり、懸垂下降(ザイルを使って岩壁を降りる技術)で岩壁を降りたりしながら、なんとか正しいルートにたどり着こうとした。

ところが、僕らが目指す北鎌尾根と自分たちがいる場所とは深い谷と、つかまると岩ごとはがれ落ちる危険なほど脆い岩場で分断されていたのだ。

その状態を目にしたとき、2人の自信はボロボロに砕け散った。

 

1泊2日の予定が、3日間道もない山中をさまよい、岩場にザイルで身体を固定して一夜を過ごしたり、非常食も底を尽きかけたりと、どんどん追い込まれていくのがわかった。

 

そして冒頭の場面である。岩場の斜面に座り込んだ友人は、突然わけのわからないことを呟きながら自分の荷物を捨て始めたのだ。

あきらかに正気を失いつつある友人の姿をなぜか冷静に見つめながら、僕は手帳を取り出して、両親とそのときつきあっていた彼女に対して遺書を書き始めた。

 

あらかた荷物をばらまいて、疲れ果ててへたり込む友人の横で、僕は震える手で懸命に遺書を書いた。

両親には、僕のやりたいということに口を出さず、好きなことを好きなようにやらせてもらった挙句にこんなところで先に死んでしまうことを詫びた。

書きながら涙がこぼれ落ちた。

彼女には、山から戻ったら一緒に遊びに行く約束を果たせないことを詫び、どれだけ僕が彼女のことを大好きかを思いつかなくなるまで書き綴った。

情けなくへたり込んで、ボロボロ泣きながら遺書を書き続けた。

遺書が書かれた手帳をビニール袋で厳重に密封して、たとえしばらく死体が発見されず、雨ざらしになっても大丈夫なように荷物の中にしまった。

その夜は食べるものもなく、少量の水を口にしてその場で倒れるように眠った。

死ぬまでどれくらいかかるのだろうなどとくだらないことを考えながら。

 

翌朝目が覚めると、不思議なことにもう少し頑張ってみようと思った。

最期の水を友人とふたりで分け合い、さらに半日ほど山中をさまよった。

そして僕らは偶然、本来登るはずだった沢にたどりつき、ボロボロになりながらも無事にその沢を降り、ベースキャンプに戻ることができた。

 

もうすでに山登りをやめて久しいのに、夏山のシーズンが近づくとあのときのことを思い出す。思い上がっていた自分と叩き潰された自信、生きているよろこび。

あの夏、泣きながら書いた遺書はどこにいってしまったのか。今ではもうわからない。

もし何かの拍子にあの手帳が出てきたとしても、恥ずかしくて読めないだろうな。

 

最近体調が悪かったり、つらいことや苦しいこともたくさんあるけど、それでもあの時死ななくて本当によかったと思う。

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