2009年のアメリカ映画です。映画の紹介には「愛と希望と感動の物語」とあり、サンダンス映画祭でグランプリ受賞、アカデミー賞では脚色賞と助演女優賞を受賞しているというある意味すごく立派な作品です。
舞台は1987年のニューヨーク・ハーレム。貧困層故の肥満体型と思われる巨体の少女「プレシャス」(ガボレイ・シディベ)が主人公です。
「プレシャス」=宝物という名前がひどい皮肉にしか聞こえないほど悲惨な彼女の人生。
父親には3歳の頃から性的虐待を受け、すでにダウン症である第1子を出産、現在2人目の子供を妊娠しており、それが学校にバレて退学させられます。
実の父親の子供ですよ。それも2人も。
母親からは言葉と暴力の虐待を日常的に受けていて、勉強なんてやるだけ無駄、生活保護を受けて暮らせばいいと言い聞かされています。口答えや反抗的な態度を取ると殺されかねないようなひどい暴力を受けます。
もうここまでで十分悲惨。観るのが辛くなります。
16歳なのに読み書きもロクにできず、誰からも愛されず、友だちもいない、将来への希望も妄想の中にしか存在しないという限りなく悲惨な境遇のプレシャス。
そんな彼女がフリースクールでレイン先生(ポーラ・パットン)という熱意のある教師や、プレシャスほどではないにしろやはり恵まれない環境に育った仲間たちを得ることで、人生に希望を見いだしていくっていう感動的な物語なのかと思いきや・・・
そんないかにも作られたような、薄っぺらいお涙ちょうだい作品じゃないんですよ。
学ぶことの楽しみや、仲間や先生との人間らしいふれあいに心を開くようになってきたプレシャス。父親からのレイプによって妊娠した第2子の出産も終え、これから自分の人生を生きていこうという矢先にHIV陽性との診断が。
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そう、実の父親がエイズ患者だったんですね。幸いプレシャスの生んだ子供たちには感染していないものの、プレシャスは完全に陽性。エイズウィルスに感染しています。
この作品、これでもかこれでもかってくらい悲惨な要素をぶち込んできます。
感動作というよりも、観ている方は恐怖に打ち震えるホラー作品のようです。
母親役のモニークの顔が画面に映ると、次はどんなひどいことをされるのかと肩に力が入り、場面の展開が変わるたびにどんなひどいことが起きるのかとビビります。
映画「プレシャス」=ホラー映画であるという的確な映画論は「ジョジョの奇妙な冒険」の作者である荒木飛呂彦氏が、その著書「荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論」の冒頭で次のように述べています。僕はこの意見に賛成です。
これは何よりも、人を「怖がらせる」ために作っている、そう思わされる映画です。少女をそんな境遇に追い込んだ社会を告発する目的であれ、アメリカで黒人が背負わされてきた悲惨な歴史に目を向けさせる目的であれ、とにかく恐怖以外の何ものでもないこの世の地獄を、真正面から描いている。だからこの作品は、僕にとってホラー映画なのです。
(荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 P.10〜11より引用)
観る人によっては感動的な名作なのかもしれませんが、僕にとってはやはりホラー映画の要素が強くて最後まで恐怖に心を引きつらせていました。
現在ではHIVが陽性反応でも、適正な治療でコントロールすればエイズを発症しないという時代になっていますが、プレシャスのような貧困層の人間が1人で2人の子供を育てながら、勉強を続け、適正な治療を受けられるとは到底思えません。
映画では直接そこに言及する部分はありません。むしろ明るい未来が待っているかのような終わり方をしていますが、この作品に限ってそんな甘い話ではないでしょう。
映画では描かれていませんが、おそらくプレシャスはこの後、勉強を続けることもできず、子供も手放さざるを得ず、エイズを発症してのたれ死ぬという運命が待っていることは容易に想像できます。それくらいこの悲惨要素をこれでもかとぶちかましてくる作品なら当然だと思います。あまりにも怖すぎる現実。過酷すぎる運命。そこには何の救いもありません。ただ恐怖するのみ。
なんともやりきれない作品でした。覚悟してから観ることをおすすめします。
そんな作品中で、ほぼスッピンで好演していたのが、ケースワーカー役のマライア・キャリーです。彼女の存在はレイン先生(ポーラ・パットン)の次に輝いていました。
特に物語の終盤での母親とプレシャスとの3者面談のシーンにおいて。このシーンはある意味この作品のクライマックスでもあるのですが、モニークとガボレイ・シディベに負けないくらいの存在感をマライア・キャリーが演じていて見物です。
ということで、すごく悲惨で救いようのない物語に恐怖する作品ではありますが、観る人によって、受け取るメッセージもかなり違うんだろうなあなんて感じさせる映画でもあり、やっぱり名作なのでしょう。
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