[ま]ぷるんにー!(พรุ่งนี้)

ぷるんにー(พรุ่งนี้)とはタイ語で「明日」。好きなタイやタイ料理、本や映画、ラーメン・つけ麺、お菓子のレビュー、スターバックスやタリーズなどのカフェネタからモレスキンやほぼ日手帳、アプリ紹介など書いています。明日はきっといいことある。

[ま]さもしい人間/「さもしさ」をキーワードに正義を語る @kun_maa

  

僕たちが暮らす現代社会は、ルールさえ守ればどんな欲望も実現できる「欲望追求の自由」が認められた社会である。

次々に現れる新しい機器、膨大な消費エネルギー、捨てるほどの食糧、その陰にある犠牲に注意を払うこともなく、貪欲に快楽を追求し続けている。

 

現在の快楽の追求は、とても不平等な形になっていることには注意を喚起しておきたいのである。莫大な財産をもち、とても豪勢な暮らしをしている人たち。他方で日々の食料を手に入れることもできず、飢えと病に苦しむ人たち。その両極端の間のどこかに私たちがいる。

快楽追求は不平等なだけではない。私たちは既に十分豊かであるにもかかわらず、他の人をさしおいて貪欲に利益を追求しているかもしれない。さらには、誰かの不幸の上に自分の豊かな生活を作り上げているかもしれない。こうした態度を本書では「さもしい」と呼びたい。 (P.13〜14)

 

本書で言うところの「さもしい」とは、上に引用したように、既に十分豊かであるにもかかわらず、他の人をさしおいて貪欲に利益を追求したり、誰かの不幸の上に自分の豊かな生活を築き上げたりすることを指している。

そして、「さもしい」とは、単に利益を貪っている状態を意味しているのではない。

「さもしい」とは不正な人間関係を意味しているのだ。

 

本書は、広がる格差、弱者切り捨て、特権集団の既得権益の保持、グローバリゼーションの進展の中で広がる国境を越えた問題群など、さまざまな事例を引きながら「不正な人間関係」である「さもしさ」をキーワードに、これらの深刻な問題に対処するための最低限の正義についてわかりやすく述べている。

 

つまりは、こういうことだ。

苦しんでいる人に焦点を当てて、苦しみをもたらしている構造を改革すること。それを通して公平な状態を造り上げていくこと。現代社会で求められる正義(最低限の正義)はこれだと思う。(中略)正義は欲望追求をやめることではない。正義の名の下、みんなが聖人君子になることでもない。欲望追求が思わざる形で生み出す公共悪を除去することに正義の基本的な役割がある。それは私たちの欲望追求のあり方を少しずつ転換していくだろう。 (P.176〜177)

 

「さもしさ」を解消するためには、正しい(正義に適う)制度を構築し、その制度の枠組みの中で、欲望を追求することが必要なのである。私たちの中には二つの心がある。一つは自分の利益を追求したいという心だ。もう一つは公平に振る舞おうとする心だ。両者は私たちの中で葛藤を引き起こすが、本書のアイデアは「公平に振る舞うこと」の一部を社会制度にしよういうものだと言ってよい。 (P.184〜185)

 

本書を読むことで、著者の理論的な主張はよくわかるし、著者が目指す正義の形も見えてくる。

しかし、具体的にそれならばどうすればいいのかという部分についての主張が少なく、どうしても青臭い理想論に見えてしまう。

 

しかし、著者はあえて青臭い理想論を振りかざすことで、具体的な解決策は読者自身で考え、「正義」について多くの議論が広がることを望んでいるように見える。

そして、読者自身が「正義」を行動に移していくことを望んでいるのだ。

うん、やっぱりそこまで含めて青臭い。

 

「正義」に対する多くの議論と行動。

そこに、課題が山積している現代社会で「正義」を基礎とした改革が行われる可能性があると著者は希望を持っている。

個人的には非常に難しいと思う。

一度、徹底的にみんなが「さもしさ」を突き詰めるところまでいかないと、うんざりするくらい「さもしさ」に浸らないと世界なんて僕は変わらないんじゃないかとさえ思っている。

悲観的・・・

さもしい人間: 正義をさがす哲学 (新潮新書)

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さもしい人間―正義をさがす哲学―(新潮新書)

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最後までお読みいただきありがとうございます。

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