僕がよく訪れるタイの警察官は、昔ほどではないが賄賂を渡せば多少のことは見なかったことにしてくれる。
以前訪れたインドでは入国審査で賄賂を渡さなかったために嫌がらせを受けて、小銃を持ったセキュリティに別室へ連れて行かれて身に覚えのないことを尋問されたこともある。
彼らはいずれも公務員だが、賄賂を当たり前のように受け取るし、上に書いた以外でも小銭を巻き上げようとする小役人には何回も遭遇している。
彼らが理不尽な悪党だと決めつけるわけではない。そこには社会的な背景や慣習、仕事とそれに対する給料のバランスなど様々な要因が絡んでいるのだと思う。こちらの正義が彼らの正義とは限らない。
それでも、それが小役人の小遣い稼ぎ程度の話ならば笑って済ますこともできるが、途上国に対する国際的な援助が上手くいかない理由や内戦を引き起こす原因となれば話は別だ。
- 作者: レイモンド・フィスマン,エドワード・ミゲル,溝口哲郎,田村勝省
- 出版社/メーカー: エヌティティ出版
- 発売日: 2014/02/24
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (6件) を見る
本書は二人の経済学者により、「経済的ギャング」(と本書では呼んでいる)という腐敗・不正行為によって自分の利得を最大限にすることになんの良心の呵責も感じない者達の行動原理を、経済学的な手法により明らかにしていこうとしている一冊である。
では、なぜ著者らは腐敗の問題に注目したのか。
その背景には、1980年代における世界銀行やIMF(国際通貨基金)などによる途上国への援助とそれに付随する様々な構造改革プロジェクトの失敗があるという。
それらの失敗を踏まえて、国際的な援助は果たして本当に効果的に利用されているのか、私腹を肥すために使われていないか、提供された援助はそれらの国が貧困を脱するために十分な額なのか、これらの問題を適切に評価するための指標づくりや腐敗の可視化を進める統計データの整備、腐敗が社会に及ぼす影響などについて多くの学術的な知見が得られるようになってきた。
本書でもそれらの知見を活用しながら、多くの事例を引き合いに出し、腐敗が貧困や暴力に及ぼす影響、またその逆のパターンなどに対する経済学的なアプローチを試みている。
事例として取り上げているのは、インドネシアのスハルト体制下におけるコネの問題や香港ー中国本土間の密輸ビジネス、ニューヨークにおける外交官特権の濫用とその外交官が属する国家の腐敗の関係、アフリカの国々の内戦と旱魃・飢饉との関連や支援メカニズムの提案、ベトナムの経済復興とアフリカ諸国との違いや医学における「ランダム化プログラム評価」という手法の経済学的考察への応用など幅広い。
いずれも、これまで文化・慣習などによって引き起こされていると思っていた問題の原因に、経済的な要因がかなり大きな部分を占めていることが見て取れる。
そこには、経済学者たちが積み上げたデータという事実の重みが感じられる。まさに、データと経済学的知見を武器にして、腐敗・貧困・暴力の現実に潜む原因や解決に挑んでいるのである。
しかし、それでも「腐敗」は単純に経済的なインセンティブだけで解決できないことは本書でも度々言及されている。
従来の経済学的アプローチの限界と、行動経済学をベースとした経済実験等によるアプローチの大切さを知ることができる非常に興味深い本であった。
- 作者: レイモンド・フィスマン,エドワード・ミゲル,溝口哲郎,田村勝省
- 出版社/メーカー: エヌティティ出版
- 発売日: 2014/02/24
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (6件) を見る
このブログを気に入っていただけたら、ちょくちょくのぞきに来ていただけるとうれしいです。そして、とっても励みになります。
RSS登録していただける方はこちらのボタンをご利用ください。