あれは友人と2人で埼玉県と群馬県の県境にある山に登ったときのこと。
車で麓まで行くのでせっかくだからと食糧と酒をたっぷり買い込み前日に現地入りした。いついかなるときも酒を飲む理由を考えているという点において僕らは共通認識をもっていたから。
群馬県側の渓流沿いに良さげな場所を見つけてテントを張った。
もちろんその夜は焚き火を囲んで宴である。
宴といっても男2人なので焚き火以外には華やかなものは何もなく基本的に居酒屋でクダを巻いている延長のようなものだったのだけど。
それでも近くに民家があるわけでもないので誰に遠慮することもなく酔っ払い特有の大声で語り合い、アカペラと呼べば聞こえがいいが自分勝手に声を張り上げ調子っぱずれを気にせず歌い殴るという知らん人が見たら山賊かよって感じの宴を存分に楽しんだ。
翌日は早朝から登山だということを忘れたかのような暴飲暴食。
いったい何をしにここへ?と山から問われてもおかしくないようなありさまの振る舞い傍若無人。
2人ともゲラゲラ笑いながら最終的にはご機嫌でテントになだれ込みそれでもしばらくはわけのわからんことを言いあって笑っていたのを覚えている。
そして酔っ払いの行動パターンそのままにいつしか眠りに落ちていた。
なんだか息苦しくて目が覚めた。
あまりの暗闇に一瞬どこにいるのかわからなくなって混乱したけど瞬間移動するはずもなく眠りについたテントの中。
喉の渇きに焦らされた僕は隣で寝ている気配の友人を起こさないように動いて水を飲もうと思った。
......動けなかった。
あれ?シャツでも挟まってるかなって思った。
いやそうじゃない体に力が入らない。酔って何かやらかしたのかとパニックになりそうだった。
友人に助けを求めようと声を出そうとした。
頭の中の言葉は声にならなかった。
金縛りか...そう思った瞬間にテントの外を何かが歩き回る音が聞こえた。
ひたひたとかコツコツといった音ではなくもっと重たい音がする。
まるで登山靴を履き重たい荷物を背負って力一杯歩いているような音だ。
どすどすどすどすんどすんどすんどすどすどすんどすん...どすどすどすんどすん...
テントを取り囲んでぐるぐるとまわっているような複数の山靴の音。
恐怖がふわっと胸の中に広がる。
必死で動かそうとする体はまったく動かない。声も出ない。
何かが外で動いている気配は感じるものの上を向いたままで目だけを動かしてもそれが何かはわからず仮に頭が動いたとしても真っ暗闇で何も見えなかっただろう。
次第に大きくなる山靴の歩き回る音に恐怖だけが膨らんでいく。
僕は頭の中で思い浮かぶありがたそうな経文を唱え始めた。
南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、オムマニペメフム、オムマニペメフム...
目を固く瞑りバカみたいに繰り返し繰り返し出ない声で必死に唱えた。
もっと他に何か知らないのかなんでお経くらい勉強しなかったのかと見当違いな怒りを自分にぶつけながら文句が頭の中でリフレイン。
どうやら僕はそのまま意識を失ってしまったようだ。
再び目が覚めたときテントは外の薄明かりを透過し暗闇は消えていた。
外では鳥のさえずりが聞こえる。
夜明けだった。
僕は起き上がり周囲の気配をうかがったが不審な点はなにもない。
外に出てテントの周りを調べてみたが足跡のようなものはなにもなかった。
もしかして僕は酔っ払って悪夢を見ていたのだろうか。
テントの中に戻り友人に声をかける。
ごそごそと起き上がってきた彼に山靴で歩き回る音と金縛りの話をして変な夢だったとつぶやいた。
それまで黙って聞いていた彼が「俺も山靴の音聞いてたよ...」と答えた。
夢じゃなかった。
あの夜のことが気になり下山後にあの近くで遭難事故などがなかったか調べたがなにもわからなかった。
一体あれはなんだったのか今でもわからないままだ。
このとき同行していた友人とは過去にも山で不思議な体験をしている。
僕も彼もいまのところ元気だ。

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