この物語に登場するゾンビはジョージ・A・ロメロを代表とする「ゾンビ映画」で描かれているゾンビとは大きく異なります。
彼らには生前の記憶もあるし、物事を考える能力もあるし(なんと脳みそが腐敗して溶けていても!)、もちろん感情だってあって恋もするんです。
普通の料理を食べ、ワインやビールも飲み、人間と見れば無差別に襲って食い散らかすわけでもありません。
そう彼らゾンビは見た目の醜悪さとひどい匂い以外には生きているときとほぼ同じなんです。
これは交通事故で突然そんなゾンビのひとりになってしまったアンディとその仲間たちのゾンビの物語です。
ゾンビが主人公の物語なんてコメディかゲテモノ小説だと思うでしょ。ところがそれは大間違い。
たまたま蘇生してしまったゾンビというマイノリティな存在に対する人間による様々な差別という形を借りて、現存する社会のマイノリティに対する差別や、それと戦うことの厳しさを浮き彫りにしているとても重たいテーマを取り扱った作品なんです。
アンディはゾンビになってしまったせいで両親からは疎まれ、友人は去り、社会保障番号は剥奪され、それまでの人生のすべてを失います。
もちろん働くことはできないし散歩をしていれば多くの人々から恐れられ侮辱されモノを投げつけられます。
ほかのゾンビたちも同じ境遇です。
ただ街にいるという理由だけで、野良犬や野良猫のように動物管理局に通報されて牢にぶち込まれます。ゾンビに人権なんてないのです。
捕まったゾンビは1週間以内に引き取り手が現れないと実験施設に送られて非人道的な実験材料とされたり、ゾンビ動物園で体が朽ち果てるまで見せ物にされます。
また夜に外出することはゾンビ差別主義者たちからの理由のないリンチ、体をバラバラに破壊されるという危険を伴います。そしてそのような野蛮な行為はなんの罪にも問われないのです。
ほとんどのレッドネック(貧乏白人)は叫んだり罵ったり、ゾンビの頭で瓶を割ったり、飽きるまでゾンビを脅かしたりする。ティーンエイジャーは彼ら以上に危険だ。イマジネーションが欠如していて、ホルモンが荒れ狂っているからだ。ボウリング・リーグと呼ばれる人間たちの目的は基本的に1つしかない。一晩酒を飲んだ後、自分の商売道具を使ってゾンビにダメージを与えるのだ。だが、フラタニティの連中は、体をバラバラにし、殴打し、手足を切断し、拷問し、切り刻み、火を点ける。(P.39)
こんなことが許される社会に価値があるのかと、疑問に思わないわけにはいかなかった。この社会は、かつて生きて呼吸をしていた人間を、結果を考えずにランダムに損傷し切断することを認めているのだ。(P.46)
失われた自分の人生と存在意義に迷い悩むアンディたちはついに自らの権利をかけて立ち上がります。
そしてそれをマスコミが取り上げたことで大きく事態は変わっていきます。
それでもゾンビに公民権を与える社会になるには大きすぎる人間たちの偏見と恐怖心。
またアンディたちは人間に言えない秘密を抱えることになります。
最後までわかり合えない人間とゾンビ。
それでも多くの制限の中で一筋の幸せが目の前に見えたかのような瞬間を経て、事態は悲劇へと転がり落ちていきます。
憎悪の報讐と自由を求める戦い。あまりにも切ないラストシーン。
冒頭で僕はこの物語に登場するゾンビたちはジョージ・A・ロメロの作品のゾンビとは違うと書きました。
確かに登場するゾンビは今までのゾンビの常識を覆すような設定です。
でもロメロのゾンビ映画がゾンビと人間の姿を通して社会批判、人間批判を描いたことを考えると、手法は全く違うもののこの物語にはロメロのゾンビ映画にある種通じるものを感じます。
とても重いテーマを扱っているにもかかわらず作品自体はユーモアのセンスにあふれ、とても読みやすく読んでいて楽しい作品でした。
エンターテイメント性を十分持ち、最後まで退屈することなくグイグイと作品世界に引きずり込んでいくとても優れた作品。
ゾンビというと抵抗がある人が多いと思いますが、これはそんな人にも読んでもらいたいなって思わせるくらいおもしろくて考えさせられる魅力あふれる作品です。
そういえばかなり前に20世紀FOX製作、ディアブロ・コーディ(『JUNO/ジュノ』脚本家)プロデュースでの映画化が決定したという噂を聞いたんだけどその後何の情報もないところをみるとあれはガセネタだったのかな。
もしこれから映画化されるなら原作のこの雰囲気は壊さないで欲しいなあとは思います。
これはすばらしく魅力的な作品。多くの人におすすめしたい。
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