早逝した伊藤計劃の2作目の作品。
時代は21世紀後半。
「大災禍」と呼ばれる世界的な混乱を経て、高度な医療福祉社会が築かれている。
人々はそれまでの国家単位の「政府」に代わる統治機構「生府」の下で、健康と親密さを至上価値とする社会に生きている。
健康を何よりも優先すべき価値観とするイデオロギーのもとに、人体は体内に埋め込まれた「Watch Me」という医療分子で精緻に分析され、リアルタイムにモニタリングされている。
己の健康を常に証明し続け、人々との親密さを証明し続けなければならない社会。
健康のために自らを厳しく律することが、平和と協調性を生むと皆が信じている社会がこの小説の舞台である。
そこでは、個人は社会的リソースとして尊重されるべきものであり、病気も死も、もはや個人の問題ではなくなっている。
言わば、病気になる自由も、死ぬ自由も失われた世界である。
そこに存在するのは有無を言わさず健康を維持させられ、互いを慈しみ、空気を読み合う公共的身体としての人間だけである。
その健全で幸福なはずの社会に違和感を感じている主人公たちの存在とささやかな抵抗。
やがてその社会を根本から揺るがすこととなる事件が発生し、社会は再び大混乱へと向かっていくかに見える・・・
この世界は恐らく著者の前作「虐殺器官」後の世界である。
「大災禍」とは「虐殺器官」の最後で引き起こされた大混乱の結果、行き着いた世界的混乱のことだろう。
ハーモニーというタイトルとは裏腹に閉塞感が漂う世界。
命が大事にされすぎて、互いが互いを思いやりすぎている、ある意味息苦しい世界。
そして、ミステリー調の物語の進行とともに、徐々に明らかにされていくこの世界の仕組みと恐ろしい計画。
タイトルである「ハーモニー」の真の意味を知った時、読者は戦慄に襲われることになるだろう。
著者のすべての企みが姿形を現した時、その天才的な文才のもとに展開されてきた圧倒的なスケールの世界観に僕はノックアウトされた。
そして、人間の尊厳とはなにか、人間にとって意志とはなにかを深く考えさせられた作品である。
ぜひ、「虐殺器官」→「ハーモニー」の順番で両作品を多くの人に読んで欲しい。
「虐殺器官」については、こちらを参考にしていただければと思う。
[ま]言葉の持つ力と人間の本質について考えさせられる/虐殺器官 @kun_maa - [ま]ぷるんにー!(พรุ่งนี้)