[ま]ぷるんにー!(พรุ่งนี้)

ぷるんにー(พรุ่งนี้)とはタイ語で「明日」。好きなタイやタイ料理、本や映画、ラーメン・つけ麺、お菓子のレビュー、スターバックスやタリーズなどのカフェネタからモレスキンやほぼ日手帳、アプリ紹介など書いています。明日はきっといいことある。

[ま](500)日のサマーを観てあれこれ想う @kun_maa

 
人の心は常に変わり続け、明日の気持ちがどうなっているかなんて誰にもわかりません。
 
今日は心の底から好きでも、明日もあさっても好きでいられる約束なんて、本当は誰にもできないのかもしれません。
 
それでも、人は恋に落ちると「これは運命の出会いでは?」って思い、愛が永遠に続くようような錯覚に陥ります。錯覚と言うと言い過ぎかもしれませんが。
 
僕は「運命の出会い」があるとは思っています。
だから、そうなる運命なら、死ぬまでその人と愛し合うことだってきっとあるでしょう。
 
でも、たぶん多くの場合、たとえそれが運命の出会いのように思えても、たまたま、運命の接点で出会っただけで、その後の2人の運命が同じ方向に進むとは限らないってこと。
 
 
自分がその人を好きになる自由があるのと同時に、その人だって誰かを好きになる自由がある。そこをはき違えるとストーカーになったり、嫉妬に苦しんだり。
 
2人の関係に、恋というラベルを貼ろうが、結婚という制度を当てはめようが、誰かが誰かの気持ちを束縛することはできないというのはしかたのないことです。
 
どちらかが我慢をして、その関係が壊れなかったというのは別に立派なことでも何でもないと僕は思っています。それはただそういう選択肢を選んだだけのこと。
 
だから、僕はこの作品のトムに感情移入しながらも、サマーのことを責める気持ちにはなれませんでした。
 
トムに比べると、人物描写が少なくて、その感情の変化に戸惑わされるサマーですが、彼女は決して自分勝手な悪女ではなく、ただ自分の気持ちに正直に従っただけです。
彼女の選択は、実は誠実なものなのではないかと思えるのです。
 
「(500)日のサマー」 
(500)日のサマー(日本語吹替版)

(500)日のサマー(日本語吹替版)

  • マーク・ウェブ
  • Comedy
  • ¥1500

 

 

     


<あらすじ>
グリーティングカードのライターとして働いているトムは運命的な恋を期待する青年であった。そんな彼はある日、アシスタントとして同じ会社で新しく働くことになったサマーに一目惚れしてしまう。
出会いから4日目、トムが偶然サマーと同じエレベーターに乗り合わせたとき、彼が聴いていたザ・スミスの音楽について会話が弾み、以後二人の交流が始まる。
28日目、カラオケパーティーのときにトムはサマーと恋愛についての話をし、彼女が恋人を作らない主義であることを知る。そして、パーティーの帰りがけに、トムはサマーに好意を寄せていることを告白するのだが、サマーは「友達になりましょう」と言うだけなのであった。
34日目、IKEAで新婚夫婦ごっこをしたりと徐々に親密になっていく二人だが、サマーに「真剣に付き合う気はないの」と言われ、不本意ながらも「気軽な関係でいいよ」と妥協するトム。そして109日目、サマーの部屋に招き入れられたトムは、二人の間を隔てる壁が一気に低くなったと実感するが・・・(wikipediaから引用)

 
(500)日のサマーを観て、人を好きになることについていろんな想いが頭の中を、グルグルと回りました。
 
頭ではわかっているんですけど、感情はそう簡単には割り切れません。
だから、恋をするたびに苦しく切ない気持ちになります。
 
運命の出会いや永遠の愛はあるかもしれないし、ないかもしれない。
誰にもそんなことはわかりません。
 
だからこそ、今の気持ちを伝えようと思います。
先のことなんてわからないけど、好きなら好きと伝えようと。
たとえその結果、相手が傷つき、自分も傷ついたとしても。
 
・・・こんな考え方は無責任すぎるでしょうか。
でも、伝えずに後悔するくらいなら、伝えて後悔するほうが自分に素直に生きられるような気がします。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

このブログを気に入っていただけたら、下のボタンからツイートやいいね!、お気に入り登録などしていただけるととてもうれしいです。

また、RSS登録していただける方はこちらのボタンをご利用ください。 

follow us in feedly