長年パリで税官吏として働き、40代になってから本格的に絵筆を握ったという素朴派を代表する画家アンリ・ルソー。
生きている間、彼の作品はほとんどまともに評価されることもなく、遠近法も明暗法も習得し得なかった無知な子供の絵だと揶揄され笑われ続けた不遇の画家。
そんなアンリ・ルソーの代表作に「夢」というニューヨーク近代美術館所蔵の作品がある。緑色を多用した幻想的な作品である。
この「夢」とそっくりな幻の作品「夢を見た」の真贋をめぐり、2人のキュレーターが謎に満ちた絵画コレクターであるバイラーのもとに招かれ、不思議な方法による鑑定を指示されることから物語は始まる。
2人のキュレーターとは、ニューヨーク近代美術館のアシスタント・キュレーターでルソー作品の虜とも言えるティム・ブラウンと、日本人でありながらソルボンヌ大学で博士号を最短で取得し、多くの独創的な論文で国際美術史学会で話題となっている新進気鋭のルソー研究者であるオリエ・ハヤカワ。
2人は作者不詳のある書物を毎日1章ずつ読み、全ての章を読み終えた時に「夢を見た」の真贋を判定、講評し、バイラーが勝者と認めた者にこの作品の取り扱い権利を譲渡すると持ちかけられる。
それぞれに明かすことのできない秘密を抱えながらも、2人のキュレーターは時に牽制し合い、次第に魅かれ合いながらどちらも毎日1章ずつ読まされる謎の書物の内容に魅了されていく。
そして、その過程を読者である我々も彼ら同様に追体験することとなる。
芸術作品に対する情熱とミステリアスな要素を上手く織り込みながら物語は綴られていく。
この作品では誰も傷つかず、誰も死なない。
それでもそんな瑣末な事件性など不要な最高のミステリー作品だと断言する。読者はさながら作品中の登場人物になったかのようなドキドキする緊張感に包まれ、その作品世界の虜となっていくはずだ。
芸術作品を金や自分の出世のために利用しようと暗躍する者たちと守ろうとする者たち。
この書物を書いたのはいったい誰なのか。
「夢を見た」の所有者であるバイラーの真の目的はどこにあるのか。
複雑な感情の絡み合いと「夢を見た」の真贋の行方。
そして2人のキュレーターの勝敗と運命は......
絡み合った謎が解き明かされていくとき、読者は不思議な開放感と感動に包まれるに違いない。僕がそうだったように。
個人的には後日談的な部分がやや興ざめの感はあったが、久しぶりに涙が出そうなほど心を揺さぶられた作品である。
絵画に興味がないという人でも必ず楽しむことができるから大丈夫。
美術に対する素養も経験もない僕がこれほど楽しめたのだから。
芸術にかける情熱と不遇の画家の切なさを心いっぱいに感じながら、極上のミステリーを楽しむことができる最高におすすめの一冊である。
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