先月から量は多くないのだけど時々下血することが続いた。
痔主でも女子でもない僕にとって白い便器やペーパーに赤い血という組み合わせは非日常的なものだ。
しばらくは出血を見つけても見なかったことにしてやり過ごしていた。
現実逃避である。
人は自分にとって非日常的なことには目を瞑り見たいものだけを見ることができる生き物なのだ。
それでも無意識は誤魔化すことができずじわじわと僕の心を蝕んでいく意識下の恐怖。
先週末に3日連続で下血があり、恐怖が表面化して一気に浮上してきた。
これはもしかしてかなりヤバいんじゃないかと。
ちょうど時を同じくして腰痛も続いていたので、これはいつもの腰痛ではなくて大腸の病気が影響している痛みなのでは?という不安がわき起こる。
ちょっと前に友人から疲れた顔をしていると言われたことや頻繁に起こる立ち眩みや最近顔色が悪いと思ったことなど全てが重大な病に結びついているような気がしてきた。
最早完全に疑心暗鬼の塊である。
性格がネガティヴな上にチキンなのでこんな状態で思い煩っていると、それだけで大腸どころか心身全てが病気になってしまいそうだった。
このままではダメだと思った僕は、こうなったら独りで悶々としていないで、白黒はっきりつけてやろうじゃないか!と鼻息荒く叫んだ。
近辺で検査ができる病院をネットで探し始めたのだが、当日いきなり内視鏡検査ができる病院ってなかなかないのな...
ようやく見つけたのが「所◯肛門病院」というファンキーな名前の病院だ(◯は伏字であって肛門の象形じゃあないよ念のため)。
この病院なら事前予約なしでも当時の朝10:00までに朝食を食べずに行けば即日検査が可能らしい。
肛門を前面推しの名前だけど大腸も専門のようなので名前に惑わされることなく突撃することにした。
窓口で初診であることを告げると問診票が渡された。
問診票で問われているのはかなり肛門寄りな質問ばかりだ。
そりゃもう肛門病院だからしょうがないか。
僕は肛門に異常を感じてなかったので、肛門は痛くないし切れてないし飛び出てもいないし痒くもないと答えるしかなかった。
僕の症状に直接関連しそうだったのは3問くらいか。
窓口で問診票を提出するときに可能ならば今日大腸内視鏡検査をしたい旨を伝えると、診察の際に医師にそう言ってくださいとのことだった。
待合室で待つこと30分くらい。
名前を呼ばれて部屋に入るとそこには見慣れた内科などの診察室とは違う風景が広がっていた。
患者用の椅子はなく目の前には簡素なベッドだけがある。
看護師からいきなり「ズボンを脱いでください」と言われた。
さらに畳み掛けるように、尻をむき出しにして右側を下にベッドの上に横になるようにと言われた。
そうここはやはり肛門病院。
診察といえばもちろん診るのは肛門なのだ。
聴診器なんて使わないし脱ぐのは上半身ではなく下半身。
戸惑いを隠せず動揺したまま半ケツ出して寝ている僕に対して医師が気軽な感じで「それじゃ指入れて診ていきますねー」ってさ。
ぐいぐい肛門を触診された後は器具を突っ込まれてぐわっと広げられて何やらよく観察されたような...まあ恥ずかしいっすわ。
肛門の診察がひと通り終わった後に、僕の症状について問診票に従って医師から質問がいくつかあった。
肛門に異常が見当たらずそういう状態なら内視鏡検査しましょうということになった。
検査待合室に移動して下剤の入ったピッチャーとペットボトルの水を渡された。
ピッチャーの中には約1リットルの下剤。
これを40分間で飲み干すようにと指示があった。
飲み方は下剤をコップ1杯飲むごとに水をコップ半分飲むというもの。
下剤と水を合わせて全部で1.5リットルだ。
ビールなら余裕だけど下剤1.5リットルってどうなのよって思いながら恐る恐る飲んでみると梅味の蜂蜜ドリンクみたいな味わい。
それなりに美味しいからこれなら大丈夫。
検査待合室は下剤を椅子の横のテーブルに置いて時々コップに注いで飲みながら本を読む人、テレビを観る人、動き回る人たちで占められている。
動き回っている人たちは落ち着きがないからというわけではなく、動き回ると下剤の効きがよくなるからということだった。
待合室にいたのは全員が大腸内視鏡検査待ちの人たちで人数は20人弱。
その8割方はいわゆる老人に分類される人たちだった。
最初のうちは静かな待合室もみんなに下剤が効いてくるにつれてわさわさとしてくる。
待合室の隣には男女共用で個室が6つほどあるトイレがある。
初めは「え?男女共用なの?しかも横並びかよ」って少し恥ずかしく抵抗感があったのだけどそんなものはすぐに慣れてしまう。
だいたいにおいて8割方が老人たちなのだから男も女もミソもクソも一緒って感じでみんな気にしないのだ←
このトイレへの往復は人にもよるのだけどだいたいみんな7〜8回くらいは行ってたかな。
そのくらい行かないと全部出し切って腸の中がきれいにならないらしい。
腸内がきれいになったか否かの判断は、トイレで出した便を流す前に看護師さんを呼んで直接確認してもらうことで行う。
看護師さんが我々が下剤を飲んで出したものを確認してOKしてくれないと内視鏡検査はできないのだ。
この時に確認してくれる看護師さんが若い女性だったのでこれは一体どういった類の羞恥プレイなのだろうかと羞恥心で顔が赤くなってしまう。
しかし恥ずかしいなんて気持ちもすぐに消えてしまうのだよ哀しいけれど。
初めは顔を赤らめて「すいませ〜ん、確認お願いします」なんて蚊の鳴くような声だった僕も、堂々と声を張り上げて看護師さんを呼び、一緒に個室で便器を覗き込みながら「う〜ん、色がまだちょっとですねー笑」なんて笑いあうようになってた。
羞恥心を失くすって怖いね。
そうこうしているうち次第に看護師チェックをクリアして内視鏡検査へと旅立つ老人たちを尻目に僕は途中から便意を喪失してしまった。
このままだとダメかもしれませんねという看護師の言葉に仕方なく200mlの下剤を追加してもらってぐいっと一息にキメて再びトイレの往復運動へと加わった。
なかなかすんなりとはいかないものなのだ。
結局、午前中にはクリアできずに残ってしまった人たちが約半数くらい。
これって割合的にどうなんだろうかという疑問を抱きつつ僕もその中の1人だった。
それでも僕はまだいい方で、昼休み中に看護師チェックをクリアしたから午後1時からの内視鏡検査にエントリーできた。
それにしても昼休み中でも受診者が下剤で出した物のチェックをしなければならない看護師さんほんと大変だなあ。
(閑話休題)
午後イチの検査で名前を呼ばれていよいよ検査室へ。
診察と同じように、ズボンを脱いでベッドに尻を突きだすようにして膝を曲げて横たわれと指示される。
横たわるとすぐにバスタオルのようなものを掛けられてパンツをずりおろされた。
やっぱりちょっと恥ずかしい。
丁寧な口調でやさしく検査の説明をされてから「それではよろしくお願いします」の言葉とともにぐぐぐっと肛門んから侵入しようとする内視鏡。
「体の力を抜いて!ふーふー」って看護師が言うので、僕は「ひっひっふー」と呼吸しながら力を抜いた。
すると多少の抵抗感の後、ずぶぶぶぶするするるると内視鏡が肛門を突破して腸の中に入ってきた。
胃カメラに比べたら「おえぇぇぇぇえ」ってならないだけ全然余裕である。
モニターを見れば自分でも大腸の中を見ることができる。
画面を見ながら説明もしてくれるので、腸の中を動き回る内視鏡の触感と空気を入れて腸を膨らまされる違和感を除けば、まるで何かのアトラクションのように思えてちょっと楽しくなってくるから不思議だ。
内視鏡が腸内のカーブを移動するところなどはぐりぐりする感触がダイレクトに伝わってきて、エイリアンに寄生されて幼生態に腹の中を動き回られたらこんな感じなのかなって思ってた。
内視鏡検査自体は15分ほどで終わる。
肛門から遡って小腸と大腸の境目まで内視鏡を進入させてから、また戻るところでじっくりと腸内を調べていく。
結局僕の大腸内には腫瘍や潰瘍はなく、ポリープも2㎜程度の小さなものが2個あっただけで、自分で言うのもなんだけどとてもきれいな大腸だった。
ただ2か所だけ炎症を起こしている部分があったので組織を採取して生検を行うことになった。
内視鏡から伸びるアームのようなもので炎症を起こしている腸壁の組織をプチっと摘み取るたびに出血するのが見えた。
きれいな大腸の様子を見て安心していた僕はこのプチっとするの1回でいくらかかるのかなってぼんやりと考えながら見ていた。
検査結果はその場で説明してくれた。
特に異常はなく、下血は炎症部分から或いは過敏性大腸炎の症状かもしれないということだった。
最後に支払いを済ませてすべて終了。
会計は健康保険適用で3割負担の額が1万円ちょっと。
内訳をみると生検をしなければ6〜7千円くらいで済んだようだった。
検査中はかなりの空気を腸内に吹き込むので検査中はもちろん、終わった後にもおならがプープー出るのいと恥ずかしって感じ。
きっと重病だ...もしかしたら死んでしまうのじゃなかろうかと割と本気で思っていた朝と比べるとまるで心の重さが違う。
軽やかな気分でスキップしながら僕は肛門病院を後にした。
生検の結果は2週間後だけどまあ心配ないだろうという自己判断で帰りにお祝い兼ねてバカ食いした。
たぶんそのせいで翌日体調が悪かったのはここだけの秘密。
おしまい!