先週は毎日浴びるほど美味しいクラフトビールを飲んでいたからさ。
今じゃ飲まないと手が震えるようになっちゃったんだ。
それでもビールに手を出す気になれないのはやっぱりきみが僕の世界から消えてしまったから。
あの日の最後の一杯を飲んでから僕は一滴もアルコールを口にしていないし食欲も無くなってしまったんだよ。情けないね。
あの日は夕方から突然の豪雨に見舞われた。
きっと浦和の空もきみがこの世界から消えてしまうのが悔しくて泣いているんだろうなって僕は思ったんだ。
前夜に「それじゃ明日は午後4時にここ集合ね!」って勢いで約束をした僕を含めた常連のために開店と同時に混み合っていたのにカウンターの奥の一列をきみは確保してくれていた。
正式に予約をしたわけでもないのにこんなふうにさりげなく僕たちの居場所を用意して待っていてくれる。そんなゆるい優しさがきみの魅力だったし最後の日までそんな迎え方をしてくれて本当にうれしかったんだ。
それしても最終日って言葉の持つ破壊力はすごい。
普段は空いている時間帯から常に満席状態が続いていたから。
いつもこんな感じだったらもしかしてきみがいなくなることもなかったのかな...なんてぼんやりと考えたりしたんだ。
常連さんたちとおしゃべりしながら美味しいビールを飲み続けてまだ外が明るいうちから大騒ぎしちゃってさ。
そんな大騒ぎもきみがいなくなっちゃうことを嘘にしたいような、もしかしたらこうやって楽しく騒ぎ続けていればこの空間と時間がずっと続くんじゃないかってみんなどこかで思っていたんじゃないかな。少なくとも僕はそんなふうに感じていた。
あの日の料理は注文しなくてもまだ食べてなかったものや最後に食べたいと思っていたものが勝手に出てきたよね。ちょっと驚いちゃって、僕の心が読めるんだろうかって割と本気で思ったんだよ。
その場にいたみんなで何回も乾杯したね。すごく楽しかったな。
僕は午後4時集合仲間のひとりから大きなマースジョッキでビールをご馳走になったりして。ずっとガヤガヤと賑やかな店内で時間を忘れるくらい本当に心の底から楽しかった。きみがいなくなっちゃうなんて嘘みたいだ。
あんまり楽しすぎて僕はずっとあの場を離れがたくなっちゃってさ。
自分でもマースジョッキをお代わりしちゃった。そういえばいつもパイントグラスばかりでマースで飲んだのは初めてだった。
新しい知り合いができたり常連さんたちの名前を知ることができたりしたのはとてもうれしかったんだけど飲むほどに時間が過ぎるのが早くなっていって、それが辛くて月並みだけど時間が止まればいいのにってずっと思ってた。
気づくと一人減り二人減り......みんなが名残惜しそうに帰っていくの見ているとだんだん考えたくないことが頭を離れなくなってきてね。
もっと酔っ払ってしまいたかったんだけど僕はどんなに飲んでも完全に酔うことができなくて。
終電もビールもなくなってさえ僕は席を立つことができなくて。
楽しい時も辛くて泣きそうな時も好きな人を連れてきた時もいつも温かく迎えてくれたきみとの時間が一斉によみがえってきて僕は不意に泣きそうになっちゃったんだよ。
ああヤバいな...泣いちゃうなって思ったら僕よりも先に午後4時集合仲間の女性のひとりが泣き出しちゃって。
みんなが彼女に注目していたから僕がこらえきれずに零した涙は誰にも気づかれなかったはず。そりゃおっさんの涙より女性の涙の方が注目に値するよね。
店長と看板娘からそれぞれ最後のあいさつがあって最後まで残った人たちで記念写真を撮って僕らは解散した。
最後は笑顔で別れることができて本当によかった。
とぼとぼと歩く深夜の浦和の街はとても静かだったよ。周囲の風景はまるで目に入ってこなくて僕は他のお客さんとぽつぽつと話しながらきみと過ごした時間のことをずっと考えていた。
もうきみはこの世界に存在しないんだと思っても全然実感がわかなくてさ。それなのになんだかとても虚しくて。
僕は失恋すると好きだった人のことを思い出して胸がギュッて痛むんだ。そんな経験は何度もしてきて慣れているのにきみを失った後の空虚さには不思議と痛みがない。
まるで命の一部を気づく間もなくスッと抜き取られていつの間にか大きな穴があいてしまったような感覚と恒久的な喪失感に包まれてしまって僕は途方に暮れているんだよ。
ここから立ち上がってちゃんと自分の脚で歩き出さなきゃって思いながら惰性で仕事に行き、作り笑いで無為に時間を過ごして何もする気にならない虚ろな自分に戸惑ったままだ。
そして不意に襲いかかる静かだけど深く切ない悲しみに涙をこらえて抗いながらきみの姿や空気やすべての想いがフラッシュバックする中で僕は本当にきみのことが大好きで僕の居場所はきみだったんだなって思う。
いままでありがとう。さよなら僕の CRAFT BEER BABY !
きみのいない世界は本当につまらなくてさ。
いつかこんな世界にも僕は慣れてしまうんだろうか。
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