[ま]トビウオとんだ @kun_maa
就職したばかりの頃、カヌーにハマっていたことがある。
カヌーといっても競技用のものやリゾート施設にあるようなポリエチレン製やFRP
製のカヌーやカナディアンカヌーと呼ばれる小舟のようなカヌーではない。
折りたためる木製の骨組みとビニール製の船体布で出来た一人乗りのファルトボートと呼ばれるものだ。これはバラして自分で背負って運べる優れもの。
幾つかの川や海辺に毎週のように僕はファルトボートを担いでいって、水の上を滑らかに漂いながら、意外なほどの水面からの視線の低さと自由を満喫していた。
そんなある日、大学時代に探検部に属していた友人と前泊日帰りのツーリングに出かけた。行き先は静岡県の熱海。
熱海から初島に渡り、伊東に向かおうというもの。
熱海の浜辺では漁師さんから「浜に泊まってもいいけど絶対に港から出発するな」と釘を刺された。その港から出港したとなると、事故が起きた時に問題になるのだそうだ。
前日の夜は浜辺で焚き火をしながら酒をかっくらい、語り合い、歌い、ブルースハープを奏でたりしながら馬鹿騒ぎして過ごした。
すでに大学は卒業し、お互いに就職していたけどこれって青春じゃね?...なんて青臭いことを思いながら楽しんだものだった。
もちろん翌朝は二日酔い気味のふらふら状態で、それでも律儀に港ではなく砂浜から出航した。
快晴の海原は凪いでいて波もほとんどなく快適この上ない。ほぼ水面と同じ高さの視線の先には初島が思ったよりも近く見える。まあ近く見えるだけでやっぱりそれなりに遠かったのだけど。
二艘並べての人力船旅は、経験豊かな友人からいろいろ教わることも多く、自己流でやってきたカヌー技術を向上させる意味でもとても有意義で楽しいものだった。
これまでのカヌー旅の中でも最も楽しかった思い出のひとつである。
初島を後にし、多少疲労感が目立ちはじめた伊東港への帰路のこと。僕の顔の横を水面すれすれに何か光るものがすごいスピードでとんでいった。そしてそれはひとつでは終わらず次々に続いた。
トビウオだった。トビウオって本当にとぶんだなってそのとき初めて知った。
知識としては知っていたけど体験として初めて理解できたということ。
僕らはトビウオの群れの上にでもいるのだろうか。次々と水面をとんでいく羽を広げた流線形の銀色に輝く生き物に圧倒されて、カヌーを漕ぐ手を止めて彼らの姿に魅入っていた。
あれからもう25年以上が過ぎた。僕の部屋の押し入れには今でもあのときのファルトボートがしまってある。もう全体が劣化してしまって乗れる状態ではないが捨てられずにいる。
そして僕はいつかまたあのころのように自由に海に漕ぎだしたいと思い焦がれながら、時々トビウオが水面をとんでいく夢をみる。
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