「サイコパス」と聞くと、シリアルキラーや猟奇的殺人者、「レクター博士」などを思い浮かべて、なんとなく背中がゾワゾワする人が多いのではないかと思う。僕もそうだ。
その行動は残忍で自己中心的、他人に対する自分の行動に対して良心の呵責もなく、冷酷無比な人間。比較的IQが高くて、何事にも動ぜず冷静沈着というイメージを「サイコパス」と呼ばれる人々に対して僕は持っている。
本書は父親がサイコパスだったというオックスフォード大学実験心理学部教授ケヴィン・ダットンの著作だ。
彼の父親はサイコパスだが、けっして暴力は振るわず、もちろん人殺しもしていない。ただ魅力的で、怖いもの知らずで容赦なかったという。そして自分の望むものを手に入れるための手段は選ばない。
どんなにつらく苦しい状況でも、恐怖も悲しみも感じない人間。それがサイコパスであり、サイコパスに共通点があるとすれば、それはどこにでもいるふつうの人間だと完全に周囲の人間に信じ込ませることだという。しかし、その見せかけの平凡さの裏側では冷酷非情な捕食者の氷のように冷たい心臓が脈を打っている。
著者は自身の研究の中であらゆる経歴を持つ非常に多くのサイコパスと会っている。
極悪非道な犯罪者たる大物サイコパスたちもいれば、その一方で、外科医や特殊部隊の兵士、企業のCEOや弁護士など社会的に職業人として成功している人々もいる。
では、なぜサイコパスには社会的に成功を掴むものと極悪非情な犯罪者に落ちていくものがあるのか。その一見矛盾するようなサイコパスたちの実像に迫ろうとしているのが本書「サイコパス 秘められた能力」である。
サイコパスのもつ非情さや魅力、一点集中力、精神の強靭さや恐怖心の欠如などが、犯罪というベクトルに向かえば凶悪さをむき出しにした捕食者となるのかもしれないが、スポーツやビジネスの苛烈な競争社会で有利に働き、強みとなる場面もあるのかもしれないというのが著者の考えである。
著者はサイコパスの実像に迫るため、まさに体を張った取材・研究活動を重ねていく。
サイコパス研究の最前線で活躍する研究者のもとを訪ねて、進化論や神経科学、エピジェネティクスなど他分野の領域にまで踏み込んでサイコパスの実像に迫っていく姿は、サイコパスのもつ負の側面のみを強調するのではなく、いわゆる「長所」にも目を向けさせ、さまざまな気づきを読者に与えてくれる。
そして、取材活動の中ではイギリス有数の凶悪犯サイコパスたちが収容されているレクター博士の巣のようなブロードムーア病院に足を踏み入れて、実際にサイコパスたちと交流したり、経頭蓋磁気刺激法と呼ばれる方法で一時的に自分もサイコパスになってみるという実験までしている。
そうした体当たりの研究の元になっており、研究が進むほどそれをさらに補完していくことになっている視点が、サイコパスのもつ優れた能力への着目である。
ここでは詳しくは語らないので是非本書を読んでみて欲しいのだが、その視点が予想外におもしろい。
サイコパスの特性と仏教僧、スパイや軍の特殊部隊員、優れた経営者らのもつ特性との意外な共通点。
サイコパスのもつ脳のメカニズムが解明されれば、さまざまな精神疾患の治療や人生の苦難を乗り越えるための技法などに応用されるのではないかという明るい未来を予想させる。
思いやりがなく、自己中心的で自己の目的のためには平気で他人を踏みにじる破滅的な性格の一方で、自信にあふれカリスマ性があり、冷静に目的を達成していくというサイコパス。その光と影の部分を明らかにし、サイコパスというのはもしかしたら人間の進化系なのではないかという気にもさせられ、その狂気と有能さの境目はどこにあるのかと考えさせられる新たなサイコパスの入門書。
これは想像以上におもしろいし、自分には関係ないと思っていてはもったいない。
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