こんにちは!不思議なものが大好き @kun_maa です。
このブログでも、僕が体験した不思議な話をいくつかご紹介してきました。
[ま]22:34 @kun_maa - [ま]ぷるんにー!(พรุ่งนี้)
[ま]不思議な話「夢と宝くじ」@kun_maa - [ま]ぷるんにー!(พรุ่งนี้)
[ま]あの写真どこにいったんでしょう・・ @kun_maa - [ま]ぷるんにー!(พรุ่งนี้)
[ま]狐憑き @kun_maa - [ま]ぷるんにー!(พรุ่งนี้)
僕の体験がそうであるように、端から見てどんなに滑稽な嘘くさいような話に見えても、体験した者にとっては紛れもない事実であり、どうしてもそこに何らかの意味を見出だそうとしてしまいます。
本書「オカルト『超』入門」で、著者はオカルトについて次のように述べています。
オカルトは人間の実際の経験から生まれたものである。その経験は、第三者からすれば錯覚や妄想、ペテンにひっかかっただけに見えるかもしれないが、当事者にとって自分の経験である以上、否定することはできない。それらの経験は、いわば日常生活に入り込むノイズのようなものだ。
ノイズは、それ自体は意味を持たないし、気にしさえしなければ大した問題ではない。しかし、いったん気になってしまうと、ちょっとした音にすぎなくともそれに心とらわれてしまうというのは、誰しもありがちな経験である。 P.250
本書では、いわゆるオカルトと呼ばれる分野の事象について、個々の事例をそれらが語られた文化や時代背景を考察しながら紹介していきます。
その範囲は広く、9つの章に分けて様々な事例を時系列に沿って紹介しています。
第1章 UFOと宇宙人
第2章 心霊と死後生存
第3章 超能力・超心理学
第4章 UMAと超地球人
第6章 フォーティアン現象
第7章 超科学
第8章 予言
第9章 陰謀論
紹介されているほとんどの事例が勘違い、インチキ、錯覚、こじつけなど「実は不思議ではなかったもの」としてバッサリとよりわけられていき、身も蓋もない感じなのですが、それらが語られる背景にはその当時の世相や文化が反映されているというのが著者の考えです。
紹介されている事例には、ロズウェル事件、エリア51、ミステリーサークルや「リング」の貞子の母親のモデルとされる千里眼の御舟千鶴子、ユリゲラー、ネッシー、ノストラダムスやマヤ暦、フリーメーソンの陰謀論などオカルト好きでなくても名前くらいは聞いたことがあるような有名な事例が多く含まれています。
それぞれを時代背景とともにわかりやすく簡潔に解説されているので、オカルト事例のクロニクルとして楽しめます。
先にも書いたように、著者はこのほとんどを「不思議ではないもの」としてバッサリと決めつけていますが、その根拠や反証となる部分について少し物足りないという感じは否めないと思いました。まあ、多くの事例を取り上げているのでページ数的に厳しいところではあるのでしょうが。
本書を通して、著者が伝えたかったことは、オカルトの否定ではありません。
なにをもってオカルトとするのかは、現象そのものの不可解さ以上に、解釈者の先入観に大きく左右される文化的・社会的なことなのだというのが著者の意見です。
オカルト的事象は、キリスト教的世界観や新しい発明、冷戦などの社会状況など様々な要素の文化的・社会的背景の影響を如実に受けているので、個々の事象を丁寧に解明することでその時代時代の空気にも思いを馳せることができるのです。
オカルトとのうまいつきあい方について著者は次のように述べています。
オカルト的な経験は、科学知識の有無とは関係なく誰に訪れてもおかしくないものである。なまじ自分の科学知識に自信がある人は、その経験そのものは否定できないからと、かえって頑固なオカルト信者に転向してしまうことがある。
オカルトとのうまい付き合い方は、信奉でも否定でもないのだろう。やみくもに否定に走らず、しかし、いきなり既成のオカルト的解釈だけで満足せずに事実の確認を重視する態度、それを身につけることは、いわゆるオカルトに限らず巷にあふれる怪しげな話に対処する上でも応用が利くかもしれない。 P.253
オカルトについて考えるということは、一見オカルト的でない日常的な事柄を含めて、世界を考えるためのいいヒント(教養)になる可能性があると感じた一冊です。