「横道世之介」なんとものんびりとした響きの名前である。
映画化されたようだが、残念ながらそちらは観ていない。
長崎の田舎から、大学に進学するために上京してきた世之介の東京での1年間が様々なエピソードに彩られて綴られていく。
自堕落で平凡だけど、そんな日常のなかに一生の思い出が詰まっている学生時代。
大学の名前こそ出てこないが、彼の入学した大学は僕の卒業した大学と同じであることは、その描写から明らかだった。
バブルで浮かれる東京。自分の学生時代とも重なる。
懐かしい気持ちで心が満たされ、作品世界に引き込まれていく。
世之介という平凡だけど、出会った人の心の中になにかを残していく男の物語に、時に笑い、時に切なくなり、そして温かい気持ちになる。
キラキラとした世之介の学生生活の描写に平行して、少しずつ挿入される約20年後の物語の断片。
世之介のことを、恋人だった祥子は「いろんなことに、『YES』って言ってるような人だった」と表現し、母親は「『ダメだ、助けられない』ではなくて、その瞬間、『大丈夫、助けられる』と思ったんだろう」と表現する。
そして、友人の加藤は「世之介と出会った人生と出会わなかった人生で何かが変わるだろうかと、ふと思う。たぶん何も変わりはしない。ただ青春時代に世之介と出会わなかった人がこの世の中には大勢いるのかと思うと、なぜか自分がとても得をしたような気持ちになってくる」と言い表している。
世之介というやつは、まさにそんな男なのである。
そして、途中で少しずつ明らかになる結末。
その結末を読者に知らせながら、世之介の生き生きとした姿を被らせていく手法は素晴らしい。
だからこそ僕は、その結末に胸の痛みを感じながらも彼らしいと思わざるを得なかった。
この物語には平凡な出来事の中にちりばめて、生と死がとても巧妙に紛れ込ませてある。
いずれも重苦しくなく、かといって軽んじているわけでもなく。
爽やかな青春物語であると同時に、生命の尊さや輝きというメッセージが込められた作品でもあるんだなあとつくづく思う。
楽しくて切ない、バカらしくてまじめで、懐かしくて新鮮な魅力に包まれたすばらしい作品だった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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