[ま]誰かを好きでいることも憎んでいることも @kun_maa
以前僕はこんな記事を書いた。
また同じようなことを書いてしまうのだけど最近仕事絡みで憎しみからやらかしてしまった人に出会ったので。
誰かをずっと好きでいることも誰かをずっと憎み続けることもどちらもとてもエネルギーがいることだ。
もうこれが最後の恋だと感情の命ずるままに情熱を傾けて一生好きでいるに違いないこの気持ちは変わることはないに決まっていると思ってもその気持ちを維持し続けることは容易なことじゃない。
あれってなんであんなにあからさまに自分でも驚くほど気持ちが冷めてしまうのか。
ずっと好きでいるためにはかなりのエネルギーが必要だと思うそりゃもう恋するたびにそう思う。
そもそもそれこそが恋ってものの正体であってそれを愛に変換できないから好きでい続けることができないんだとかそういうお前がおかしいのだとかって意見もあるかもしれないけれど。
恋を愛に変化するってのも相当なエネルギーが必要だと思うんすよそうじゃないかな。
恋を自然になんの力も努力も燃料も必要とせずに愛に変化させてそれを維持することができる人が本当にいるとすれば超絶すごいと思う少なくとも僕には無理だから。
同じようになにか嫌なことをされたり酷い目にあわされたり貶められたりして誰かに恨みを抱いて憎んだとしてもその憎しみをずっと維持するのは並大抵のことじゃない。
どんなに恨んでも憎んでもその気持ちをずっと持ち続けるにはやっぱり相当なエネルギーが必要なんじゃないかと思う。
僕の場合で言えば「この恨みはらさでおくべきか...」って拳を固く握りしめて唇噛んで藁人形を掴んで丑三参りをする勢いで憎んでもそう長続きできずにそのうちバカらしくなってめんどくさくなって憎むべき相手への興味関心を失ってしまう。
あれ?もしかしてヘタレなのかな。
好きという感情も憎いという感情もどちらにしてもひとつの感情をずっと持ち続けるというのは心のエネルギーがすごく必要なんだ。
人間はそんな風にひとつの感情を持ち続けるようにはできていなくてあまりにも飽きっぽいとさえ感じている。
そんなことは誰かのことを本気で愛したり誰かに本当に酷い目にあわされたことのない奴の戯言だと言われてしまうかもしれないから僕の数少ない経験で言えばと付け加えておくけどさ。
もし努力しなくてもずっと誰かを好きでいられるならそんな素晴らしいことはないと思うけど誰かを追加燃料なしでずっと憎み続けてしまうならそんな生きづらいことはないよな不幸だよなって思う。
まあ好きという気持ちも一方的に延々ってことになるとそれはそれで不幸な匂いがするしあるところから狂気を孕みそうな予感しかしなくてなんていうかそういうことだよってなっちゃうけどね。
だから好きも憎いも感情を持ち続けることは無駄な労力だからやめようよみんな執着を捨てて心穏やかに生きようよさあ解脱するぞ!って話ではなくて。
同じように感情の維持にエネルギーや努力が必要なら誰かを憎み続けることに囚われて一生懸命になるんじゃなくて誰かを好きで好きで大好きでって方に焦点を合わせた方が楽しいよねってこと。
少なくとも僕は今までもこれからもそうやって「好きだー!」って言い続けて生きていきたいなって思ってる。
だって憎い人のことを考えて疲弊するより好きな人のことを考えて悶えている方がいいじゃない時々胸が痛くて苦しむことがあったとしてもさ。