夏の雲を見ると思い出す旅がある。
あれは中学3年の夏休み。
あの頃はまだ青春18きっぷなんて便利なものはなくて安く鉄道の旅をするなら決められた区間乗り降り自由な周遊券という割引切符を使ったものだ。
友人の影響で鉄道に乗るのが大好きな今で言う「乗り鉄」にちょっと憧れていた僕が目的に選んだのは廃線になりそうなローカル線「日中線」に乗りに行くことだった。
日中線とは福島県の喜多方駅と熱塩駅を結んでいる5駅ほどの短い路線で昭和59年に廃線となっている。
もともとはその鉄道好きの友人と一緒に出かけるはずだったのだけど子供だけで泊まりの旅に出ることを彼の親に反対されて僕だけで実行することになったのだ。
どうせひとりで行くならもっとふくらませようと猪苗代湖、五色沼、会津若松などを盛り込んで2泊3日の旅を計画した。俄然盛り上がってくる。高まる〜!である。
それは僕にとって記念すべき初めてのひとり旅だった。
計画から全て自分だけで準備した。
残念ながら収入がない被扶養者の立場だったので費用は親に出してもらったのだけど。
ユースホステルの会員証を作り予約を入れ分厚い時刻表を使って鉄道やバスの乗り継ぎを様々にシミュレーションして計画を立てた。
今なら計画のない旅の方に魅力を感じる僕もこの頃は旅の計画を立てるということそのものが楽しくてしかたなかったのだ。
中学校の担任を通して学割を発行してもらおうとしたら「高校受験を控えた中3の夏休みに勉強もせず浮かれてひとり旅とか言ってんじゃねえ!」的なお叱りを受けて何度お願いしても学割は発行してもらえなかった。
たかだか3日間くらい勉強しなくても影響ないだろって思ってたし忠告を無視して旅しても志望校には合格したのだけどそれはまあ結果論。
ドキドキわくわくが止まらない張り詰めた高揚感とほんの少しの不安と緊張を抱えながらのひとり旅は控えめに言っても最高の開放感と充実感で僕を包んでくれた。
もちろん計画通りになんて進まないことは度々あって途方に暮れたりもしたけれどアクシデントのない旅なんてつまらないものだと教えてくれたのもこの旅だった。
僕は夢中で2泊3日の旅を駆け抜けた。
写真なんて見なくても今でもあの旅のことは鮮明に思い出せる。若干美化されてる感は否めないけどね。記憶は時に嘘をつくから。
夏の日差しにきらめく猪苗代湖、濃淡のあるエメラルド色に輝く五色沼、蔵造りの街喜多方とのんびりと走る寂れた日中線。
様々な風景はもとより旅先で出会った人たちのこと。
ひとりで旅している坊主頭で中学生然とした僕を心配して話しかけてくれた何人ものおじさんおばさん。
ただひとりだけの中学生客をおもしろがって仲間に入れてくれたユースホステルの大学生たち。
日暮れた町で道に迷い腹ペコで飛び込んだ見知らぬ小料理屋の牛丼がとても美味しかったことやそこで酒を飲んでいたおじさんやお店の女将さんに親切にしてもらったこと。
夜行列車の座席に寝そべってレールの音を聞きながらまだまだひとりでどこまでも行けるような気がした最終日。
あの旅で経験したいろんなことがその後の僕の旅を支える土台となったのだと思っている。
旅の最中に漠然と感じていた将来への不安やひとり旅に対して高まる憧れ、高校や大学でどんどん知らない場所を旅しようと強く思ったあの時の気持ちをいつしか忘れて無為に生きている今の僕はあの頃の僕から見てどうなのよって鬱然とした気分をもて余しながら思う夏の夕暮れ。