[ま]カラスの親指(道尾秀介)/きっとあなたも騙される...そしてほっこりとするミステリー(ネタバレなし) @kun_maa
詐欺師が主人公のミステリーです。
詐欺師というと、犯罪者には違いありませんが、なんとなく知的でカッコいい印象があります。映画でいうとポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが共演したあのコン・ゲーム映画の名作「スティング」のような...って古すぎますね。
この作品に登場するタケさんとテツさんは詐欺師ですが、どう贔屓目に見てもポール・ニューマンとロバート・レッドフォードというよりは、ずっこけ中年詐欺師コンビといった風情です。
カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)
- 作者: 道尾秀介
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/07/15
- メディア: 文庫
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このコンビ、詐欺師としての腕は悪くありませんが、凄腕の切れ者詐欺師というイメージにはほど遠く、スケールの小さな仕事で日銭を稼いでいるような小物感あふれる主人公です。
そんなタケさんとテツさんにも詐欺師になるまでには暗く重い過去があり、それは次第に明らかになっていきます。
理由や背景は違えど、どちらも「ヤミ金」絡みで家族を失っているのです。
その過去の描写には凄惨さも加わり、どちらかというとコミカルに始まった物語が重苦しい空気に包まれていきます。
そして、それに追い打ちをかけるように起こる二人の住む部屋での不審火と彼らの周囲に見え隠れする怪しい男たち。
タケさんが過去に壊滅させた「ヤミ金」組織の復讐は続いているのか...
そんな重苦しい雰囲気を吹き払うかのように、ほんわかとした空気を吹き込んでくるのが次に登場してくる人物たちです。
実はタケさんの過去に関係がありながらも、ひょんなことから偶然出会い、不思議な共同生活をすることになっていく「まひろ」と「やひろ」の姉妹、やひろの彼氏の「貫太郎」の3人と野良猫の「トサカ」の3人と1匹。
彼女たちとの共同生活は、ちぐはぐながらも次第にまるで本当の家族のように思えてきます。それぞれが抱える悲しい過去とコミカルだけどちょっと切ない共同生活。
そして、テツさんがタケさんとの会話の中で言った次のセリフにジーンときました。
「ジーンとくる」とかありふれた言い方だけど本当にそうだから仕方ない。
テツさんはタケさんに、お父さん指(親指)とお母さん指(人差し指)、お兄さん指(中指)、お姉さん指(薬指)、赤ちゃん指(小指)をそれぞれくっつけさせます。
自分でやってみるとすぐにわかりますが、親指とそれぞれの指は簡単にくっつきます。
「じゃ今度は、お母さん指でやってみてください。同じこと」「どれ...」武沢は人差し指を、中指、薬指、小指に、それぞれくっつけてみた。
ん、と思わず声を洩らした。小指だけ、人差し指と触れあわせるのが難しいのだ。どうにかできはするのだが、指を傾ける角度に無理があり、筋肉が攣りそうになってしまう。
「母親と子供、なかなか上手く寄り添わなくないですか?」「うん、難しいな」「じゃあ、お父さん指をお母さん指にくっつけて、やってみてください」武沢は親指を人差し指の脇に添えてみた。「あ、くっついた」
親指が力を貸した人差し指は、難なく小指と寄り添うことができた。
「きっと、そういうことなんだと思いますよ」
このセリフにも、もちろん伏線が仕込んであるのだけれど、話自体が上手いこと言っていてグッとくるんです。グッときた上に、後で「あ!」っとなるのが憎いところ。
そんな彼らの不思議だけど心温まる共同生活も長くは続きません。
例の不審者の影がちらついてきて、ボヤ騒ぎ、飼い猫の惨殺などの嫌がらせが始まります。危険を感じて逃げ出そうとタケさん。
嫌がらせをしてきた奴の顔に見覚えがあるというテツさんの一言から、貫太郎を除く全員がヤミ金に家族を奪われて恨みを持っていることがわかり、そんな奴らから逃げ回る生活は嫌だと奮い立ちます。
「大事なものを、どんどん奪われて.....ずっと我慢してればいいの?あたしたち、ずっと我慢して...忘れるまで我慢して」
我慢という言葉を、まひろは何度も繰り返した。そのときあらためて武沢は思い知らされた。彼女は、耐えながら生きてきたのだ。母親を殺された怒りに。親のいない寂しさに。まひろだけではない。やひろだってそうだ。二人はこれまで耐えてきた。我慢をつづけてきた。「我慢してばっかりじゃ 」
一瞬唇を引き結んでから、まひろは強い語調で言った。「それじゃ、こんな生活からいつまでも抜け出せないじゃん」
そして、ずっと悲しみや辛さから逃げ続けて負け犬のような生活を続けてきたタケさんたちは、ついにヤミ金組織への復讐のため、逃げ続ける生活に終止符を打つために、奴らから詐欺で大金を奪う計画を実行します。
名付けて「アルバトロス作戦」です。
ちなみにアルバトロスとは「アホウドリ」のことです。
ここからがこの作品の本当の見せ場。
凶悪なヤミ金組織に対抗してまんまと出し抜くために綿密な計画を立てて、それぞれが自分の役割を確実にこなしていくというスリルとサスペンス。
そして緊張の場面の連続と、どんでん返しに次ぐどんでん返しに心が躍ります。
物語全体に緻密に仕込まれていた伏線の数々が回収されていく快感。
いろんな場所で感じた違和感の正体に気づかされていくカタルシス。
最後に待っているほっこりとした優しい気持ち。
これは掛け値なしで本当におもしろいです。
「カラスの親指」というタイトルの意味がわかったときには、ちょっと切ないですけどね。そこも含めて、本当におすすめのミステリーです。
ぜひ気持ちよく騙されてください。
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