小説に仕掛けられたトリックや張り巡らされた伏線から、映像化なんて不可能だろうと思われていた作品「イニシエーション・ラブ」。
僕は原作を読んだ時にはこんな感想を持ちました。
ネタばらしはしていませんので、気になる方はご覧ください。
ものすごく高く評価をしていたわけではないけれど、恋愛小説として素直に読んでいた方が、どんでん返しを楽しめるという作品であり、登場人物のすり替えと時間軸のミスリードがポイントだと書いています。
そういう作品だという感想は今も変わっていません。
だから、この作品が実写化されると知った時にはびっくりしました。そんなことできないだろうと。
だけど、監督が堤幸彦監督だと知った時に、もしかしたら思いもつかないようなやりかたで映像化してくれるんじゃないかと期待したものです。
実際に観た結論から言うと、ポイントである「人物のすり替え」については「あっ!そうきましたか」とあきれてしまうほどオーソドックスだけど効果的な方法で、「時間軸のミスリード」については原作にかなり忠実なやり方で見事に映像化されていました。
原作を知っているだけに、NIKEのエア・ジョーダンのアップからsideBに切り替わるところで、ひとり暗がりでニヤリとしながら「ふむふむ」と頷いてしまいましたが、全体的によくできた作品だと思います。
効果的に使われている80年代のジャパニーズポップスをはじめとして、服装、髪型、車、小物類などの細部にまでこだわって、きっちりとあの頃の空気感を醸し出している映像は正直感動ものです。だっておっちゃんなんだもの。懐かしくてウルウルしちゃう。
主演の松田翔太、前田敦子、木村文乃の演技もよかったなあ。みんな自然体で気負う感じがないからこその観ている方の安心感。
日本の映画を観ていると必ず眠くなるんだけど、この作品では1回も眠くならなかったんだよね。僕にしては奇跡的。
それだけ作品自体を楽しめたってことだと思うんです。だって謎解き抜きでも十分おもしろかったですよ。
そして映画のチラシを見た人は知っていると思うけど、主演の3人と同じところに書かれている謎の俳優「亜蘭澄司」(アラン・スミシーと読みます)の存在ね。
このアラン・スミシーってのは昔は監督の偽名として使われていたものですが、今回は俳優の名前を隠すために使われています。要するに亜蘭澄司なんて名前の俳優はいません。
ただ、それに該当する人はもちろんいます。これが「人物のすり替え」には必要なのですから。こういうところでも遊んでいるあたりが本当に楽しんで作品を作っているなあっていうのが伝わってきますよねー。
ということで、映画「イニシエーション・ラブ」はおもしろい作品でした。
観る前は、映像化なんかできるもんかと思っていた自分の凝り固まった考えを見事に柔らかくほぐしてくれましたし、キャスティングも素晴らしかったと思います。
ただ1点だけとても残念だったのが、最後に時間軸を遡ってご丁寧にこの作品の仕組みがまるわかりになるようなシーンを流してしまうところ。
これを観たら、猿でもこの作品のトリックや伏線が分かってしまうっていうくらい馬鹿丁寧に映像が説明してくれちゃっています。
これにはがっかりしました。作品の余韻を楽しむという権利を奪われた気さえしました。
せっかくの作品が台無しです。ぶち壊しです。手品のタネ明かしは厳禁でしょ。
ところが、映画が終わり劇場内が明るくなった途端に僕の後方にいた女子高生の集団の何人かが、「えー!意味がわからない!」って仲間に叫んでいました。
僕は耳を疑いましたよ。あの最後の映像を観ても意味がわからない人がいるのかと。
イニシエーション・ラブのキャッチコピーに「最後の5分全てが覆る。あなたは必ず2回観る。」ってのがあるんです。
僕もあの最後の映像がなければ、原作を読んでいない人は2回観たくなるかもしれないなって思いました。
でも、時間軸を整理してわかりやすく説明してしまった最後の映像を観たら、誰も2回観たいとは思わないだろうと。観ていた人全員が、トリックに気がついただろうと思ったんです。
でも、そうじゃないんですね。「えー!意味がわからない!」って叫んでいた女子高生の他にも、意味がわからず一緒に観ていた友人や夫、妻、恋人らに確認している声が周囲から聞こえてきたのです。
つくづく人間がわかり合うのって難しいんだなあって実感しました。
コミュニケーションがちゃんと成立することが奇跡みたいなもんかもしれないなって。
あの映像を観ても意味がわからない人がそんなにいるならば、相手に何かの意味を伝えることは絶望的に難しいことだと思わざるを得ません。それほどわかりやすい映像だったんです。それなのに...あゝそれなのに...
そんなことをつらつらと考えながらひとり帰り道をとぼとぼ歩きました。
僕の言葉はあなたにちゃんと届いているのでしょうか。
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