[ま]エピジェネティクスー新しい生命像をえがく/難しい!でも目が離せないおもしろさ @kun_maa
エピジェネティクスという言葉をご存知だろうか。
僕は恥ずかしながら、この本を手に取るまで聞いたこともなかった。
エピジェネティクスとは、20世紀の中頃に「エピジェネシス(後成説)」と「ジェネティクス(遺伝学)」の複合語としてイギリスの発生生物学者コンラッド・ワディントンによって提案された用語である。もともとは、1つの受精卵からなぜ様々な細胞ができてくるのか、そのメカニズムを説明するために考えついたアイデアがエピジェネティクスであったという。
ワディントンの考えついたエピジェネティクスの概念のエッセンスは「神経細胞や血液細胞のような細胞がそれぞれの表現型を示すようになる過程で遺伝子がその産物とどのように影響し合うのか」というものである。
このくらいならまだ僕でも言いたいことはわかる。
しかし、エピジェネティクスの定義は少しずつ変わってきているという。現在最大公約数的な定義は2008年に提案された次のものである。
エピジェネティックな特性とは、DNAの塩基配列の変化をともなわずに、染色体における変化によって生じる、安定的に受け継がれうる表現型である
バリバリ文系の僕はそろそろ理解が怪しくなってくる。
さらに第2章において著者が次のように書いている部分があるのだが、「基礎の基礎」と書かれているにもかかわらずもうほぼ理解不能である。
①ヒストンがアセチル化をうけると遺伝子発現が活性化される
②DNAがメチル化されると遺伝子発現が抑制される
この二点が、エピジェネティック修飾による遺伝子発現制御の基礎の基礎である。(P.50)
こうなると、ほぼ文字どおりにうけとってその後の内容を理解するように努めるしかない。正直、かなりしんどかった。
難しい部分も多いし、何をいっているのかさっぱりわからない部分も1カ所や2カ所ではとてもじゃないがきかない。それでも、最後まで放り出さずに読み続けることができたのは、著者が多少理解ができない者にも楽しめるように工夫しながら本書を書いているからである。
そのおかげで全てはわからないが、わかる部分を膨らませるだけで、なんとなく意味が分かったような気になり、ワクワクしてくるのだ。
それは、植物や昆虫、ほ乳動物においてエピジェネティクスが関係していると思われるおもしろい事例を具体的にあげて可能な限りわかりやすく説明してくれているという点にも現れている。
また、次のような著者の言葉にも励まされる。
生命科学とはすべからく、各論の蒐集にならざるをえない宿命を背負っているかに見える。ここ半世紀ほどの生命科学の爆発的な進展の成果をながめるかぎり、そう考えざるをえない。エピジェネティクスもふくめて、生命科学は進歩すれば進歩するほど複雑化して、専門外の人にはわかりにくくなっていく。そういう業を内包する学問分野なのである。それだけに、一つひとつの各論にとらわれすぎることなく、原理をしっかり理解し、それをもとに各論を理解していくという姿勢が求められる。(P.224)
そして本書が信頼できるのは、手放しでエピジェネティクスについてバラ色の未来を語っているわけではないという点だ。
現時点でわかっていることと、わからないことを正直に切り分けて説明している。
だから、本書を読むとエピジェネティクスという分野がこれから先、おそらくものすごく期待できるおもしろい分野ではないかということがビシビシ伝わってくるのだが、現時点で確実に明らかになっていることはあまりにも少ないことがよくわかる。
それでも、ヒトゲノムが解明されれば我々の身体について全てのことがわかるとされていた20世紀の終わりから、ゲノム情報だけでは不十分であり、さらに何がわからなくてはならないのかということを鮮明にしてくれるのがエピジェネティクスなのである。
だからこそこれから先、おそらく今以上に目にする機会が増えてくるであろうエピジェネティクスについて、現状を知ることは大切なことであると同時に新しいことへの抑えがたいワクワク感を満たすためにも本書は必読の本であるといえる。
本書は「エピジェネティクス?なにそれ、美味しいの?」って思った人にこそおすすめしたい一冊である。
なぜなら、ガンや糖尿病、心筋梗塞やストレス耐性についてこのエピジェネティクスという言葉が頻繁に登場する日もそう遠くないからである。そう、誰にでも関係してくる重要な概念であり、研究分野こそがエピジェネティクスなのである。
このブログを気に入っていただけたら、下のボタンからシェアしていただいたり、はてなブックマークなどしていただけると、とっても励みになります。
また、RSS登録していただける方はこちらのボタンをご利用ください。