[ま]ぷるんにー!(พรุ่งนี้)

ぷるんにー(พรุ่งนี้)とはタイ語で「明日」。好きなタイやタイ料理、本や映画、ラーメン・つけ麺、お菓子のレビュー、スターバックスやタリーズなどのカフェネタからモレスキンやほぼ日手帳、アプリ紹介など書いています。明日はきっといいことある。

[ま]バンコクの休日 @kun_maa

それはもうずいぶん前のこと。1週間ほどのタイひとり旅の最終日。

僕はその日の夜の便で日本に帰国することになっていた。

特にすることもなかったので中華街近くにあるかつての貧乏旅行者の溜まり場7月22日ロータリーにある公園のベンチに座ってタバコを吸っていた。

僕の目の前ではどこか機械的でもありそれでいて全く意味のない動きを繰り返す虚ろな目をしたジャンキーがうろついていてその姿をボーッと眺めていたんだ。

今ではきれいに花なんか植えられちゃってすっかり様変わりしているこの公園もその当時はまだ昔の名残か正体なくぶっ倒れているホームレス数人と朝からラリっているジャンキーがうろついているような場所だった。

周囲には貧乏旅行者たちの定宿として名を馳せたかつてのジュライホテルや楽宮旅社があり薄汚れて崩壊しそうな建物が密集する道端では朝から売春婦が客引きをしている。

どんどん発展してきれいになっていくバンコクの中でもひっそりと取り残されたような観光客には無縁の場所だ。

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そんなバンコクの吹き溜まりで僕は彼女に出会った。

ロータリーに向かってくる道のひとつに一見して観光客とわかる小ぎれいな服装をした女性が歩いてきた。それが異様に見えたのは彼女の後からホームレスや胡散臭そうな男どもが5〜6人ぞろぞろと彼女にまとわりつくように歩いていたからだ。

その様子はとても爽やかとは言い難いこのゴミ溜めのような場所の朝の風景の中でも危うさが一際目立つ集団だった。

先頭を歩く女性の手にあるのは遠目に見てもすぐにわかる「◯◯の歩き方」...

日本人だ。

しばらく様子を眺めていたが胡散臭そうな男どもがしきりに彼女に何かを話しかけていた。

こりゃ危ないなと思った僕は目の前で不可思議な動きをしていたジャンキーの横をすり抜けぶっ倒れているホームレスを飛び越えて彼女に向かって急ぎ足で近づいていった。

 

日本語で「どうしたの?」とたずねる僕に彼女は、トランジットで早朝にバンコクに着いたのだがタクシーを降りた場所からお寺に向かうはずが道に迷い周囲にいた人に道をたずねたらみんなついてきてしまってと困惑した表情で僕に告げた。

その当時すでに多少のタイ語はできるようになっていた僕は彼女にまとわりついてきた5人ほどの男たちに対しタイ語で「彼女は僕の友達だからお前らはいらないんだ!さっさと全員あっちに行け!」と大きめの声で言いながら追いはらい、戸惑う彼女の手をとって安全な方に歩き出した。何か大声で悪態をついている奴もいたが僕は無視して彼女の手をしっかりと握りその場からどんどん歩いていった。

彼女の後をつけてきていた男たちは獲物を逃すまいと喰らい付いてくるほど元気のある奴らではなかったようで、最悪サンダル履きで全力疾走かよって思っていた僕はちょっとホッとした。

奴らが見えなくなったところで立ち止まり「この辺は朝でも意外と危ないから気をつけないと。で?どこのお寺に行きたいの?」と彼女に聞いた。

彼女は関西にある大学の学生だった。スリランカ旅行のための乗り継ぎで今日1日だけバンコク観光をして今夜の便でスリランカに発つという。

本当は黄金仏で有名なワット・トライミットに行くつもりが空港からのタクシーを降りた後反対方向に歩いてきてしまったようだ。

「僕も今夜の便で日本に帰るんだ。よかったらバンコクを案内するよ」と言った僕に彼女はうれしそうに微笑んでうなずいた。

 

バンコクは初めてだという彼女の行きたいところをひと通り聞いて僕らは一緒に観光名所巡りをすることにした。まずそのまま歩いてワット・トライミットの黄金仏を見学。

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その後で中華街の喧騒の中を大通りから路地裏に向かってざっと案内して流しのトゥクトゥクをひろってバンコクの大通りを疾走した。

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もっと速くもっと速く!と運転手に頼んで暴走するトゥクトゥクの座席でふたり並んで手すりにつかまり笑い転げながら僕らはバンコクの街を駆け抜けた。

反対車線を逆走した時にはさすがに笑顔が凍りついたけど。

そのまま巨大な涅槃仏とマッサージで有名なワット・ポーへ。

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ふたり並んで風通しのよい広間でゆったりとマッサージを受けた時は周りに大勢人がいるのにふたりとも疲れて眠りこけてたっけ。

その後も渡し舟を使って対岸のワット・アルン。そしてきらびやかな王宮と王道の観光ルートを巡りながらお互いに自分のことや普段の生活や今回の旅のことをいつまでも楽しく話し合ってた。

途中でお腹がすけばタイの屋台はもちろん初めてだという彼女のためになるべく安全そうで美味しそうな屋台を選んで買い食いしながら僕らはバンコクの街をおしゃべりしながら動き回った。

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夕方が近づき、彼女が行きたがった「◯◯の歩き方」に載っている川沿いのレストランに行ってみたがどうやらだいぶ前に閉店したらしい。

仕方がないので僕が何度か行ったことのある川沿いの小汚ない食堂に連れて行ってあげた。ビールを飲みながらタイ料理を食べて夕暮れのキラキラとした景色のなか僕らは1日を振り返ってあれこれとおしゃべりを続けていた。いつまでも話は尽きなかった。

人見知りの僕にしては珍しいことだ。タイの醸し出す空気が僕の気持ちを和らげていたのかもしれない。

僕らの後ろの席で横に女性を侍らせてビールを飲んでいた軍人が僕に英語で「これから銃を撃ってみないか?」と話しかけてきた。

なんでも近くに軍の射撃練習場があってその男の口利きで銃が撃てるらしかった。

興味はあったが胡散臭い話ではあるし酔っていたので丁重に断った。

残念だなと言った後で「お前たち結婚してるのか?恋人どうしか?」と聞いてきた彼に「友達だよ」と答えると「本当か?お似合いなのにな」と言われてふたりで顔を見合わせて笑った。南国の夕日に照らされた彼女の笑顔がなんだかとても眩しかった。

 

バンコク中央駅に預けた僕の荷物をピックアップしてからふたりで列車に乗ってドンムアン空港へ向かった。タイ国鉄は遅れるのが常で彼女の出国時間が近づいてきて少し焦ったのだがギリギリで時間に間に合った。

英語の辞書を家に忘れてきてしまったという彼女に僕は自分の辞書を渡した。今日1日だけでたくさん見ることができた素敵な笑顔で「ありがとう」と彼女は言った。

そのまま僕は出国ゲートに消えていく彼女を見送り、自分の飛行機の時間までひとりで不意に訪れた彼女とのバンコクの休日の想い出にひたって過ごした。少しの寂しさと多くの幸福感に僕は包まれていた。

 

日本に帰って1か月後、可愛らしい便箋にスリランカでの旅の様子とバンコクのお礼が書かれた手紙と僕の辞書が届いた。

手紙からはあの日暴走するトゥクトゥクの中で感じた彼女の髪の匂いとバンコクの喧騒、そして彼女の素敵な笑顔がふわっと広がったような気がした。

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