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[ま]ぷるんにー!(พรุ่งนี้)

ぷるんにー(พรุ่งนี้)とはタイ語で「明日」。好きなタイやタイ料理、本や映画、ラーメン・つけ麺、お菓子のレビュー、スターバックスやタリーズなどのカフェネタからモレスキンやほぼ日手帳、アプリ紹介など書いています。明日はきっといいことある。                     

[ま]映画「ヒトラーの贋札」/異質な視点から描かれたホロコースト作品 @kun_maa

2007年のドイツ・オーストリア共同制作の映画。

第80回アカデミー賞外国語映画賞受賞作品でもあります。

ヒトラーの贋札 [DVD]

 

第2次世界大戦中のユダヤ強制収容所内で極秘に行われていたナチスの国家プロジェクトとしての贋札づくり「ベルンハルト作戦」で、実際に贋札づくりに携わった印刷技師アドルフ・ブルガーの著書が原作となっています。

いわゆる実話に基づく作品ってやつですね。

 

主人公は贋札づくりの常習犯で凄腕の贋作師であるロシア系ユダヤ人のサリー。

犯行現場から立ち去るタイミングをスケベ心で逃したために、ナチスの犯罪捜査局によって逮捕されユダヤ強制収容所送りとなります。

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したたかな犯罪者であるサリーは、自分の特技である絵の才能を収容所のナチスの担当官に売り込み他のユダヤ人捕虜たちとは違った特権的な立場を得ます。芸は身を助く。

 

そんなサリーの特権的な収容所暮らしも突然の終わりを告げ、ある日何も知らされないまま別の収容所送りとなります。

ああ、いよいよ理不尽な扱いを受けながら残酷な世界で何とか生き延びていこうとするありがちなホロコースト作品の視点で描かれる作品が始まるのか...と思わせておいて、ストーリーは全く予想外の展開を見せるのです。

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サリーが行き着いた先で待っていたのは、柔らかいベッドとガス室ではない本当のシャワーが使える収容所生活と最新設備を備えた印刷作業場。

収容所内でもさらに壁によって隔離されたその一角に集められたユダヤ人技師たち。

彼らが強制的に従事させられるのは、冒頭に書いたナチスによる本格的な贋札づくりプロジェクト「ベルンハルト作戦」という極秘任務でした。

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収容所の他のユダヤ人捕虜とは全く異なる厚遇と命の保証との引き換えに差し出すのは彼らの印刷技術です。

多くのホロコースト作品で描かれる理不尽で悲惨な収容所の境遇を描いたシーンはほとんど登場しません。

彼らからは間接的にしか一般的なユダヤ人捕虜の境遇はわからないからです。

悲惨な捕虜としての視点ではなく、自分が生き残るために同胞や家族を虐殺し続けるナチスに協力しなければならないという複雑な立場のユダヤ人視点で終始この作品は描かれています。

 

したがって悲惨で心痛むような、悪く言えば「お涙頂戴」的な雰囲気はこの作品にはありません。サスペンスドラマのような、ややエンターテイメント的な雰囲気の中、贋札づくりを通して自分たちの存在に対する葛藤が描かれていくのです。

 

理不尽に収容施設に囚われてガス室送りになっているユダヤ人たちの存在、たった1枚壁を隔てた同じ収容所の敷地内ではナチスの機嫌次第で無慈悲に銃殺されるユダヤ人たちの存在。それら全てをわかった上で、目をつむり耳を塞いでナチスの贋札づくりに協力するユダヤ人たちの多くは、自分が生き残るためにはやむをえないと思い込もうとしています。また、そうすることが当然だと考える者たちもいます。

その一方で、この作品の原作を書いたブルガーはナチスに協力することを拒否して贋札づくりをサボタージュしようとサリーに呼びかけ単独で実行していくのです。

 

サボタージュナチスにバレれば「ベルンハルト作戦」に参加しているユダヤ人たちが殺される危険性があるにもかかわらず、ユダヤ人としての尊厳を命をかけて貫こうとするブルガーと、「今日の銃殺より明日のガス室だ」と言い放ち自分はもとより一緒に働く仲間たちの命を守るためにはナチスに協力する道を選ぶサリーとの対立は、一見人間としての善悪を代表した尊厳を賭けた争いのようにも見えますが、そんな単純な言葉で表現出来るものではありませんでした。ぜひ観てほしい。

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常に生死の境目にさらされた極限状態で悪魔に魂を売って生き残るのか、魂を売ることを拒否して死んでも構わないと思うのか。

そんなことを単純に割り切れるほど人間は潔くはありません。多くの苦悩や自己欺瞞や自己満足や承認欲求を抱えて、それでも葛藤しながら生きていく人間たちの姿がこの作品では描き出されています。

 

そして描かれているのはユダヤ人たちの生きていく姿だけではありません。

ナチスの将校もまた同じ人間なのです。

ドイツの敗戦が濃厚となった途端に自分と家族だけは生き残れるように画策する姿や、ある出来事から怒りに任せてナチスの将校を殺そうとしたサリーに対し、自分も部下も命令に従っただけで決して悪い人間ではないのだと言い訳をするところなど、ハンナ・アーレントが「イェルサレムのアイヒマン」で主張した「悪の陳腐さ」「悪の凡庸さ」を思い出させます。

ナチスの残虐的な行為は思考の欠如した凡庸な人間によって担われたというあれです。

アーレントの主張はそのまま自分だけは助かろうとしたユダヤ人たちや現代を生きる我々にも跳ね返ってきます。思考停止に陥り何かに依存する危険性。

 

タイトルはイマイチな感が否めませんが、善と悪だけでは語り尽くせない人間性の根源にまで迫るような一面を淡々と描き切った素晴らしい作品だと思います。

他の作品とは違った異質な視点から描かれたホロコースト作品としておすすめです。 

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