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[ま]ぷるんにー!(พรุ่งนี้)

ぷるんにー(พรุ่งนี้)とはタイ語で「明日」。好きなタイやタイ料理、本や映画、ラーメン・つけ麺、お菓子のレビュー、スターバックスやタリーズなどのカフェネタからモレスキンやほぼ日手帳、アプリ紹介など書いています。明日はきっといいことある。                     

[ま]恋愛から生まれる拘束したい気持ちと自由の狭間で僕はいつも思い悩む @kun_maa

恋愛

誰かを好きになると、その人に自分のことだけを見て欲しくていろいろと拘束するようになります。もちろんそうならない人もいると思うけど、僕はなります。なってしまいます。今はかなりマシになりましたけど、若い頃はけっこうひどかったと思います。

彼女に対して、飲み会や同窓会に行かせなかったり、他の男と楽しそうに話しているのを見るだけで不機嫌になるので自分以外の男と話すの禁止したり。

思い出すとバカだなあって思うけど、当時は彼女を拘束したい気持ちは愛情表現のひとつの形だと思っていました。愛し合っているなら当然だろってな感じ。ダメ男ですねえ。

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こういう拘束をし始めるとキリがないんですよね。どんどんエスカレートしていきます。そしてお互いをどんどん拘束していく結果、自分たちの世界を狭めていってしまいます。友だち付き合いは悪くなるし、他の世界は見えなくなるし、不思議なことに拘束すればするほど相手のことを信用できなくなるし、ぜんぜんいいことなんかありません。

 

僕は今でこそ、お互いの行動を拘束し合うことなんてやめた方がいいって思えるようになってきましたけど、そのことを心底感じたのは昔同棲していた彼女に拘束されまくってまったく自由がなかった経験からです。自分が徹底的に拘束されて初めてその理不尽さを知ったというね。まあ、人間なんて自分がされてみて初めてバカげたことだとわかるってことは往々にしてありますよね。

その頃は職場の飲み会も女がいるから禁止。当然プライベートな飲み会も男だけというのを証明しない限り禁止。携帯チェックは当たり前で、一度断ったら携帯電話をまっぷたつに破壊されました。もちろん他の女性と話をするのは一切禁止。彼女に友だち(女性)の相談に乗ってやってくれと頼まれて応じたら、仲良さそうにしやがってと包丁で刺され、帰りが遅いと、浮気を疑われて太い木の棒で頭を思いきり殴られたことも数限りなく。

僕は肩こりがひどいのですがマッサージは女性のマッサージ師がいるから禁止。拘束するにもほどがあるってくらい拘束されました。ほとほと嫌気がさしました。

 

だから僕は好きな人を拘束したくないなって本気で思います。

な〜んて偉そうに書いてみましたけど、今でもやっぱり完全に割り切ることはできません。頭ではわかっています。でも、心が引きずられるんですよね。ウジウジとします。

彼女が、他の男がいる飲み会に行くと聞いて心穏やかではいられないし、話の中に頻繁に他の男のことが出てくるとやっぱりおもしろくありません。

「愛しているんだからもっと私を信用して」って言われても、「でも結局飲み会に行きたいんでしょ?他の男と飲めて楽しいんでしょ?」とか、「なんか◯◯と仲良がいいみたいだな」なんて嫌味ったらしくて女々しい言葉を時々言っちゃいます。

まだまだダメですねえ。

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そんなふうに、恋愛のなかで相手を拘束したい気持ちと、好きなことを自由にさせてあげたい気持ちの中でいつも揺れ動いています。

だから、気持ちが揺れ動いて苦しくなったときには次のように思うようにしています。

<相手の立場に自分を置き換えてみる>

例えば自分が相手の立場になったとして、飲み会に他の女性がいたからって浮気なんかしないじゃないですか。そりゃ話くらいはしますけどそれだけでしょ?それと同じことで、他の男が参加している飲み会に彼女が行ったとしても、浮気なんかしないですよ。別に話くらいしたっていいじゃないですか。それで彼女が楽しいと思ったとしてもそれと自分に対する愛情とはまったく別物ですよね。

これホント昔の彼女に言ってやりたい。たぶん殴られて終わりだけど。

え?飲み会に女性がいたら浮気するかもしれないって?そんな人は知りません。勝手にしてください。きっと恋人や奥さんも同じことをしてますよ、たぶん。

<こいつにならだまされてもいいやって思う>

正直、これくらいの気持ちがないとモヤモヤを乗り切れないときもあります。嫉妬心のエネルギーって自分が思っているよりすごいですからね。そして、こう思える為にはやっぱりお互いの信頼関係がないと無理なんですよ。「信頼関係」と「だまされてもいい」って矛盾しているように見えますけど、そんなことないんです。だって信頼関係がなければ、決して「だまされてもいい」なんて思いませんから。そこは矛盾しないです。ですよね?

だから相手のことが大好きで大好きでしょうがないなら、もう「こいつになら、だまされてもいいや」って思っちゃうことです。僕はもうそれくらい相手のことを信用しちゃいます。そう思えるような相手からは本当にだまされることはほとんどありません。もちろんだまされる確率は0%じゃないけどね。それでもいいじゃないですか。

彼女が「愛してる」って言ってくれたら本気で信じるし、浮気なんかしないって言われたら「そうだよな」って心の底から信じる。なかなか難しいですけど。そう思えるような信頼関係を少しずつでも積み上げていく、そんな努力をするのも悪くないなって最近はようやく思えます。とても48歳のおっさんの言葉とは思えないですけど。そのくらいもっと早くわかれと。

恋愛における拘束と自由。すごく悩ましい問題です。

自由の根底には「信頼関係」が必要で、「信頼関係」を築く為には少しずつでも「信用」を積み上げていくしかないと思います。たぶん近道はないよね。お互いに相手の気持ちになって、信用してもらえるように行動で現していくしかないんだよなあ。

まあ、何歳になっても、何回経験しても恋愛は難しいですわ。ホントそう思います。

だから僕は未だに拘束したい気持ちと自由の狭間で思い悩んでいるのです。 

眠れぬ夜

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オクテ男子のための恋愛ゼミナール

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「絶望の時代」の希望の恋愛学

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