[ま]自分が死んでいることに気がつかない @kun_maa
まだ学生の頃、住んでいる町の小さな学習塾で講師のアルバイトをしていた。
学習塾と言っても大手のように立派な教室があるわけではなく、借り上げた民家の部屋が教室代わりというとてもこじんまりとした塾で生徒数もそれほど多くはなかった。
どちらかというと進学塾というよりは、あまり勉強が得意ではない子をターゲットにした補習塾のようなものだ。それほど学習レベルが高くないので僕でも講師が務まったくらいなんだから。
講師は全員が当時の僕のように大学生だった。本業で教えているのは経営者である塾長くらいのものだ。この塾長が少し変わっていて、見た目は外国人と日本人のハーフのような英語教師なのだが彼の操る英語はお世辞にもネイティブの発音とは程遠いものだった。そして、元教え子だという男をよく塾に連れてきていた。その男は講師をやるわけでもなく一体なんでいつも塾にいるのかわからない不思議な存在だったのだが、今にして思えば塾長もその男もちょっとゲイっぽかったので愛人だったのかもしれない。
この塾にはそんな塾長の男の愛人(おいおい決めつけたよ...)の存在以外にも不思議なことがあって、玄関には必ず盛り塩がしてあり、いたるところにお札のようなものが貼り付けてあった。最初は受験生用のゲン担ぎか何かだと思っていたのだけれど、いくら何でもやりすぎな感じがあって、それにそのお札が合格祈願というよりは魔除けのような不気味な感じもしていて少し怖かったんだ。
長くバイトをしている先輩講師に何となく聞いてみたときには、少し慌てたように不自然なごまかし方をされたので、あまり話題にしてはいけないことなのかもしれないと思い、なんとなくそれ以上誰かに理由を聞ける雰囲気ではなくなってしまったんだ。
その後も特に何か不思議なことが起きるわけでもなく、次第に男の愛人の存在もお札のこともあまり気にならなくなっていった。
ところがアルバイトを始めて半年ほどしたある日、塾長主催の飲み会でのことだった。
それまでも時々、塾長主催でアルバイトにご馳走をしてくれる飲み会があったのだけど、その日はいつもとちょっと様子が違った。
最初は普通に飲んでいたのだが、ちょっと話しておきたいことがあると塾長が真面目な顔で口火を切った。
それは以前、講師のアルバイトしていた男子学生の話だった。
とても優秀な学生だったらしくて、生徒たちからの評判も講師仲間からの評判も良かったそうだ。同じ講師のアルバイトの女子学生と付き合っていて、それはもう塾の中でも公認の仲睦まじいカップルだったという。
そんな彼が通学途中にバイクで事故って突然亡くなった。ほぼ即死だったらしい。
それから塾に不思議なことが起こり始めた。
誰もいないはずの教室の電気が点いたり、閉めたはずの玄関が開いていたり、生徒が突然具合が悪くなったり、誰もいないトイレから音がしたりとどうも様子がおかしい。
そして死んだ彼と付き合っていた女子学生が塾で彼を見たと言って倒れてしまった。
あまりにも不思議なことが続くので心配になった塾長が霊媒師に相談したところ、バイク事故で即死した彼が自分が死んだことに気づいてないため生前のように塾にきているのだといわれたらしい。そう言われれば確かに不思議なことは生前の彼のシフトの日に限って起きていた。
その霊媒師が信用できるのかどうか、どういう方法でお祓いをしたのかは僕には知る由もなかったが、とにかく塾にあった彼の私物は全て処分されて何らかのお祓いらしい儀式も執り行ったようだ。
それ以来塾の玄関には欠かさず盛り塩をし、お札を貼りまくったのだそうだ。その後不思議なことは起こっていないというが今ひとつ歯切れの悪い言い方に僕はまだ終わってないんじゃないかという疑念を抱いた。
その当時も一人で塾に残ることは禁止されていた。
最後の戸締りなどは必ず2人以上で行うように僕がアルバイトをしていた時にも徹底されていた。単に防犯上のためかと思っていたのだがそうではなく心霊現象を心配した上でのことだったというわけだ。
彼が死んだのは、僕がアルバイトで働き始める2年ほど前のことらしい。そのうち塾長から説明をするから新しいアルバイトには聞かれてもごまかすようにと事前に事件のことを知っている講師たちには箝口令がしかれていたのだ。
その不思議な話を聞いた後、僕は授業中に時々何かがそばにいるような不思議な雰囲気を感じたことがあったのだけど、きっとそんな話を聞いたからなのだと思う。気にしすぎのビビりってやつだ。だいたい僕には霊感ってやつがないのだから。
それにしても自分が死んだことに気がつかないってどんな感じなんだろう。
誰からも無視されて不思議に思うのだろうか。
もし友人や恋人みたいな親しい人が近くにいなくて、普段からほとんど誰とも関わりのない生活をしている人が突然死んだら、自分が死んだことに気づくチャンスはあるのだろうか。
あなたは自分が確かに生きているんだと自信をもって即答できるだろうか。その根拠を示すことができるのか。
僕はどうだ。僕は本当に生きているのか。その根拠は何だろう。もしかして僕が現実に生きていると思っている世界の全てが死人や死んだものだけで構成されているのだとしたらどうだ。眠っている間に核ミサイルが落ちてみんながみんな死んでいることに気がついていなかったとしたら......
そういえばこの人も自分が死んでいることに気がついてないのではないだろうか。
先日、久しぶりに塾のあった場所を訪れた。そこにはすでに以前の建物はなく、別の家があって知らない人たちが住んでいた。
あの塾がどうなったのかは知らない。
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[ま]映画「シン・レッド・ライン」/美しい映像と詩的な独白で戦争を描いた異色な作品 @kun_maa
<あらすじ>アメリカ陸軍C中隊に属する二等兵ウィット(ジム・カヴィーゼル)はメラネシア系原住民に魅せられたかのように無許可離隊を繰り返していた。そんな彼を歴戦のつわものであるウェルシュ曹長(ショーン・ペン)は看護兵に配属した。さて、C中隊を率いるたたきあげの指揮官トール中佐(ニック・ノルティ)は、クィンタード准将(ジョン・トラヴォルタ)の見守る前で兵士を上陸させる。日本軍の守備隊がたてこもる内陸の丘の攻略にかかる中隊だが、敵の銃火の下、ケック軍曹(ウディ・ハレルソン)はじめ兵士たちは次々に命を落とす。焦るトールの強引な突撃命令を、中隊長のスターロス大尉(エリアス・コーティアス)は部下を無駄死にさせたくないと拒絶した。結局、丘は戦場にあっても故郷に残した美しい妻(ミランダ・オットー)の面影を胸に戦い続けるベル二等兵(ベン・チャップリン)の決死の偵察とガフ大尉(ジョン・キューザック)指揮の攻撃部隊の活躍でみごと陥落。トールはさらに奥の日本軍の本拠地も攻め落とさせた。作戦に成功した中隊だが、トールは命令に背いたスターロスを解任した。ひとときの休養の後、進軍を再開した中隊は今度はジャングルの中で日本軍に遭遇。看護兵から一兵卒に復帰していたウィットは自ら申し出て仲間3人で斥候に出たが、部隊をかばおうとして日本軍に包囲され命を落とした。ウェルシュは彼の墓の前にひざまづく。(goo映画から引用)
戦争映画は数多くありますが、あまりにも戦争の悲惨さや狂気を描くことに重点を置きすぎたり、真摯に描いている風を装って兵士の英雄譚になっていたり、ひどいものはマッチョなアメリカ兵が大暴れするというものが大半。偏見かな。
[ま]コードネーム・ヴェリティ/謎めいた告白に隠された巧妙な伏線にうなる傑作ミステリ @kun_maa
第二次世界大戦中のナチス占領下にあるフランスのとある街で、スパイとして捕虜となった若い女性工作員とその親友である女性飛行士の友情と戦争を背景にした上質なミステリ。まずタイトルがかっこいい。
ナチスの尋問に対して、拷問を受けない代わりにイギリス軍に関する情報を手記として書き綴ることを強制された名前も明かされない女性工作員。その手記の内容は彼女自身のことではなく、なぜか親友である女性飛行士のことを書いた小説のように見える。
なぜ彼女は自分が置かれた捕虜としての緊迫した状況の中で親友のことを書き綴るのか。その目的は何か。同じ捕虜から裏切り者の汚名を着せられ軽蔑されながらも次々と重要な情報をナチスに知らせる彼女。
告白のために彼女に与えられた時間は限られており、その後に待つ過酷な運命が暗に仄めかされて気が抜けない。夜と霧......
その小説のような手記が書き上げられるまでが、謎めいた不思議な雰囲気の中で進んでいく第一部。
読者には尋問者であるSS親衛隊大尉と同じ情報(つまり彼女の書いた手記)だけが与えられる。
捕虜として書くことを強制されているという暗さや残酷な描写はあるものの、ふたりの友情について語られる回想部分がまるで青春小説のようでもある第一部は難解で冗長な部分も多いのだが、読者はその告白文の描き出す世界に次第に取り込まれていく。
時にはその冗長さ故に焦ったくなることもあるかもしれないが、そこをこらえて彼女の小説調の告白世界に深く入り込むことで、次のがらりと雰囲気が変わる第二部が生きてくる。第一部で書かれていたことが本当の意味で理解でき、そこに巧妙に隠されていた真実がじわじわと明かされていく快感を存分に味わうことができるだろう。
なんということもなく書かれていたと思い込んでいた第一部の文章の中に、巧みに張り巡らされていた伏線。それらがしっかりと回収されて真実の姿が浮かび上がってくる素晴らしさに感嘆するのは一見地味で暗鬱な第一部があればこそである。
見事な伏線とその回収の巧みさは、まさに本の帯に書かれていた次のようなキャッチフレーズのとおりでありその点ではすぐれたミステリ作品である。
帯にはこのように書かれている。
「謎」の第1部。「驚愕」の第2部。そして、「慟哭」の結末。
さらに本書の凄さは傑作ミステリというだけではなく、それと同時に戦争という理不尽なものに飲み込まれて歯車が狂ってしまうふたりの少女の友情と勇気の物語でもあり、戦争と女性をテーマにした歴史小説としても楽しめるところにある。
本作品にはそのように多様な面があり多面的な楽しみ方ができる。
しかしどのような読み方を楽しんだとしても、最後に読者は切なくてほんのりと苦いしこりのような心の疼痛と微かな希望を見出すことになるだろう。
そんな不思議な物語だった。
本書は「本が好き!」から献本いただきました。
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[ま]Instagramとクラフトビール #BrewDog #デビルクラフト #Beer Hunting Urawa #ヒマラヤテーブル @kun_maa
昨年来クラフトビールにハマって、飲みすぎからの生活習慣病突入を断糖ダイエットでやり過ごして現在に至ります。
もうある程度ガンガン飲んでも大丈夫な健康状態にあるのですが、飲んだビールをブログに書く機会を逸して写真と感想メモばかりが溜まっていきます。
同じ銘柄のクラフトビールでもその時々の自分の体調はもちろんのこと、ブルワリーの仕込み回数が違えばそれぞれ味わいや風味もどんどん変わりますし、同じ樽の中でも上澄み部分と底部分でもこれが同じビールなのかっ!ってくらい違ったりもします。
そんなことを気にし始めたら書き損なった古い情報をブログに書くことに何の意味があるのだろうなどと余計なことを考え出すようになり、ますますクラフトビールについて何かを書くのが僭越というか恐ろしいというかおこがましいというか...まあなんだか億劫になってしまって久しいのです。
それでもやっぱり好きなものを語りたい。たとえ時期を逸したとしても自分の感想が拙くて役に立たないとしても、クラフトビールが大好きだという気持ちを届けたい!と次第に悶々としてきまして、そのために書き出すハードルを下げる試みとして Instagram にアップした写真と感想メモで溜まりに溜まったクラフトビールの一部を振り返ってみようかなと。
だってはてなブログだと Instagram から写真を取り込むのが超簡単だしさ。
例えばこんな感じでタイトルと写真が一発で取り込めるんだよね。
そしてこの時のメモはこんな感じ。
桃感が想像以上にすごい。濃厚な桃の風味とヴァイツェン香と気持ちの良い酸味。とても美味しい箕面ビールの桃ヴァイツェン3バッチ目。(2016年10月26日 Beer Hunting Urawa)
それじゃあもう少しピックアップしてみましょうか。
ベアードビール。カラメル感のあるフレーバーとけっこう甘みを感じる。飲み終わった後に残る微かな酸味もある。アルコール感は意外と強くないのだが飲んでいるうちにガツンとくる。3口くらいで急に酔いが回ってきたし、時間とともにアルコール感も出てきた。(2016年11月2日 CRAFT BEER BABY !)
城山ブルワリーの万咲IPA 万咲と書いて「まあざく」と読む。ハーブのような独特のアロマとオレンジのようなフレーバーに独特の苦味がある。今まで飲んだことのないような風味のIPAだけどすごく美味しい。けっこう残る苦味が体に良さそうな感じだ。ふわっと感じる甘みも魅力的。(2016年11月26日 PRIMORDIAL)
氷川の杜のKAI 香りは強くないがホップの爽やかなアロマと軽い飲み口にしっかりとした苦味がある。じわりとくる苦味とモルトの旨味がけっこう好き。(2016年11月30日 氷川の杜)
宮崎ひでじビール 日向夏のすごく爽やかな香りがグラスから立ち上る。飲み口は名前のとおりメチャクチャまろやかで日向夏の風味が口いっぱいに広がる。苦味はほとんど感じないしぼりたての夏みかんのような飲みやすさでいくらでも飲めそう。ゲップまで日向夏。(2016年12月2日 Beer Hunting Urawa)
BrewDog 正式名称は Restorative Beverage for Invalids and Convalescents病中病後の元気回復飲料という意味だとか。トロピカルフルーツ感のあるフルーティなアロマ。そこにグレープフルーツが加わったような濃厚なフレーバーと苦味。ハードコアIPAよりも好きかも。こりゃ元気になると思う。(2016年12月9日 BrewDog Roppongi)
人間ドックの結果が衝撃的すぎてビール飲んでる 城端麦酒 俺のA.J.I
城端ビールのマサジビールプロジェクト参加作品。香りはそれほど目立たないがモルト感があるペールエール。モルト由来の甘みも感じる。モルト感がしっかりとありながらもホップが効いていて飲みやすく美味しい。A.J.Iの意味はお店の人も知らなかった。(2016年12月20日 スワンレイク パブ エド八重洲店)
これもマサジビールプロジェクト。色はブラック。アロマとフレーバーはトロピカル感のあるフルーティーな感じでとても濃厚。苦味もガツンとあって〆にちょうどいい感じでしっかりとした飲みごたえ。同じ志賀高原「1t IPA」のマサジプロジェクト版って印象。飲むほどに美味しくガツンと効いてくる。(2016年12月20日 スワンレイク パブ エド八重洲店)
シトラス系の華やかなアロマがかなり遠くからでも感じるほど。少しハーブっぽいグラッシーさもある。すごくホッピーで苦味もしっかりとあり、トロピカルフルーツのような瑞々しさが美味しくて好きだ。(2016年12月24日 デビルクラフト神田店)
デビルクラフトのオレンジ ヴァニラ ポーター。キャラメルにオレンジとヴァニラを加えたようなスーッとするアロマと複雑なフレーバー。今まで飲んだことのない味わいのポーターだ。ちょっと漢方薬っぽい感じもあるが飲めば飲むほどオレンジの風味を強く感じる不思議な味わい。(2016年12月24日 デビルクラフト神田店)
箕面ビール 爽やかなゆずの香りでとてもやさしい味わい。ベルジャン特有の香りは強くなくて苦味もほとんどない。わずかな酸味が心地よくてとても飲みやすい。(2016年12月30日 ヒマラヤテーブル)
BrewDog 爽やかな柑橘系のホップのアロマとキリッとした苦味。ほんのりとモルトの甘味も感じる上にホップ感があって飲みやすいBrewDogらしいビールだ。アンチョビ風味のオリーブがとてもよく合う。(2016年12月31日 BrewDog Roppongi)
デビルクラフトとドイツのクリストファー・サリバンとのコラボビール。ホップのフルーティーなアロマ、みかんとゆずのやさしいフレーバー。ほんのりと香るヴァイツェンの風味が加わってとても飲みやすく美味しい。(2017年1月3日 デビルクラフト神田店)
ベアードビール。ダークな色合いに似合わず柑橘系の爽やかなアロマ。数種類のアメリカンホップを惜しみなく使用しているとのことでモルティながらホップ感のあるフレーバーが素晴らしく美味しい。(2017年1月3日 CRAFT BEER BABY !)
ビールの写真ばかりでは酔ってしまいそうなのでつまみも少々。
CRAFT BEER BABY !の牛もも肉のたたき!美味しいビールにはやっぱり肉だろ?
PRIMORDIAL のハラミステーキ。美味いんだなこれが。
ヒマラヤテーブルのモモ。ネパール式の餃子というか小籠包というか。まあそんな感じの美味しいやつ。ビールにももちろん合うんだぜ。
いかがでしたでしょうか。Instagram の貼り付けが思った以上に快適で、感想メモもEvernoteに入れてあるのでビール名で検索するとすぐに見つかります。これはブログにビールのことを書くハードルがかなりが下がったな。
こうやって振り返るとやっぱり飲み過ぎだよなって思うのと同時に、また早く美味しいクラフトビールが飲みたいなあってワクワクしてくるんだ。
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[ま]ゴーストライター(ロマン・ポランスキー監督作品)/素晴らしく上質なミステリー映画 @kun_maa
<あらすじ>やがてそれは前任者の不可解な死に対する疑問となり、その謎を追いかけることで国家を揺るがす恐ろしい秘密に触れてしまう。(作品公式ホームページより引用)
本格サスペンスとはいっても、そこはポランスキー作品です。
本当によくできたストーリーで社会派サスペンス映画の中でも超一級品だと思います。
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[ま]ランドセル俳人の五・七・五(小林凛 著)/俳句で泣けるとは思わなかったな @kun_maa
俳句と聞いて何を思い出すだろうか。
僕は松尾芭蕉、小林一茶など著名な俳人の名前くらいしか思い浮かばなかった。俳句そのものに触れる機会もないし俳句というものにほとんど興味がなかったのだ。
「俳句への挑戦」
この日本には、いじめられている人がたくさんいる。
僕もその中の一人だ。いじめは一年生から始まった。
からかわれ、殴られ、蹴られ、時には「消えろ、クズ!」とののしられた。それが小五まで続いた。僕は生まれる時、小さく生まれた。「ふつうの赤ちゃんの半分もなかったんだよ、一キロもなかったんだよ」、とお母さんは思い出すように言う。
だから、いじめっ子の絶好の標的になった。危険ないじめを受けるたびに、不登校になってしまった。そんな時、毎日のように野山に出て、俳句を作った。
「冬蜘蛛が糸にからまる受難かな」これは僕が八歳の時の句だ。
「紅葉で神が染めたる天地かな」この句は、僕のお気に入りだ。
僕は学校に行きたいけど行けない状況の中で、家にいて安らぎの時間を過ごす間に、たくさんの俳句を詠んだ。僕を支えてくれたのは、俳句だった。不登校は無駄ではなかったのだ。いじめから自分を遠ざけた時期にできた句は、三百句を超えている。
今、僕は、俳句があるから、いじめと闘えている。
これは本書の冒頭に書かれた著者である小学生の俳人小林凛君の文章である。
とても小学生が書いた文章とは思えないリズム感と読みやすいテンポが備わっていて、素直に気持ちが伝わってくる文章だ。
本書の著者である小林凛君は2001年5月、予定よりも3ヶ月も早く944グラムの超低体重児で生まれた。医師からは「命がもつか、まず三日間待ってください」と言われたそうだ。何度も入退院を繰り返し、水頭症の疑いもあることから年に1度はMRI検査を受けなければならない。
彼は4歳の頃から誰に教わることなく、五・七・五の17文字で自分の思いを表現するようになったという。
そんな彼を待ち受けていたのは小学校での過酷ないじめと、それを見て見ぬ振りをする学校の実態だった。彼にとって頭部への打撲は命取りであり、危険から身を守るためにも不登校という選択をせざるを得なかったという。
本書には、彼が8歳から11歳の間に詠んだ俳句が載っている。彼が自ら描いた絵とともに紹介されているものもある。俳句も絵もとてもじゃないが僕にはマネのできない素晴らしさだ。なんていうか、技術的なことはよくわからないけど作品の持つエネルギーが胸を打ち直接心に問いかけてくるといったらいいのだろうか。
僕は最初にも書いたとおり俳句には興味がなかったし、子どもの頃から授業で俳句を習っても苦手意識が先行してしまった。
句を詠むことはもちろんできないし有名な句を見ても想像力が足りないせいか情景が全くと言っていいほど浮かばないからだ。
でも本書で彼の俳句に触れた時、その言葉の瑞々しさと表現力の鋭さに驚かされた。
僕にも情景が浮かんできた。
そしてなによりも過酷ないじめにあうという苦境にありながらも、決して荒んだり卑下することなく心の豊かさと感受性を失わない芯の強さに驚かされた。
次に挙げるのは僕が好きな彼の俳句の一部だ。
「苦境でも力一杯姫女菀」
「蓮の花祖父を送りて沈みけり」
「紅葉で神が染めたる天地かな」
「肩並べ冬のアイスに匙ふたつ」
「飼い犬のムンクの叫び寒空に」
「夕焼けやもう居ぬ祖父はどの雲に」
「いじめ受け土手の蒲公英一人つむ」
「いじめられ行きたし行けぬ春の雨」
「生まれしを幸かと聞かれ春の宵」
俳句で泣けることってあるんだな。
初めてそんな経験をした。
ランドセル俳人の五・七・五 いじめられ行きたし行けぬ春の雨--11歳、不登校の少年。生きる希望は俳句を詠むこと。
- 作者: 小林凜
- 出版社/メーカー: ブックマン社
- 発売日: 2013/04/09
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最後までお読みいただきありがとうございます。
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